ずっと意図的に避けてきたテーマがある。
「同じスペックのハイレゾ音源とMQA音源ではどちらが高音質か」、というテーマである。
避けてきた理由は色々とある。
まず、私自身「MQA音源のダウンロード購入にまったく興味がなかった」こと。
普通にハイレゾ音源を買える状況でMQAを選択する理由をまったく見出せず(詳細は別の記事で述べる)、また既にハイレゾ版を持っている音源でさらにMQAを買い足すという行為にまったく意味を見出せなかったので、そもそも比べるべき音源が手元になかった。かといって、2Lが提供している各種フォーマットサンプルで聴き比べるほどの意欲もなかった。
そうこうしているうちに、MQAのフルデコードに対応したLUMIN A1からSFORZATO DSP-Doradoにネットワークオーディオプレーヤーを買い換えたことで、MQAをきちんと再生できる環境もなくなってしまった。
一応、その後Roonがバージョン1.5でMQAのコアデコードに対応し、iFi nano iDSDがMQAレンダラーになっていたこととあわせてMQAを再生可能な環境は揃ったが、「そもそも比べるべき音源がない」という状況は変わらなかった。また、現状のメインの再生機器であるDSP-Doradoで比較しない限り、自分自身納得のいく結論にはなり得ないとの思いもあった。
とまぁこんな風に、私にとってMQAとは「TIDAL Mastersで勝手に向こうから流れてくるだけ」の存在でしかなく、「TIDAL Mastersに音源が用意されていれば儲けもん、44.1kHz/16bitよりは得した気分」くらいの感覚で過ごしていた。
今までは。
Roon 1.6でQobuzが使えるようになった結果、事態は一気に動いた。
RoonはMQAのコアデコードに対応し、96kHz/24bitまでなら問題なく再生できる。
TIDAL Mastersには96kHz/24bitまでのMQA音源が山ほど用意されている。
QobuzはFLACでハイレゾ音源をそのままストリーミングしている。
Qobuzには96kHz/24bitまでのハイレゾ音源が山ほど用意されている。
編集部注:88.2kHz/96kHzまでのMQA音源の場合は、一回目の折り畳まれた部分のみを展開する「コアデコーダー」だけでも折り畳むまえのオリジナルフォーマットとして再生が可能となる。
つまり、RoonとTIDALとQobuzを使えば、私のメインシステムにおいても、「同じ音源/スペックのMQAとハイレゾFLACを聴き比べる」ことが可能になる。この条件が成立するのは96kHz/24bitまでの音源に限られるが、これなら自分自身結果に納得できる。
「フルデコードでないと=176.4kHz/24bit以上の音源で比べないと意味がない」という意見もあると思われる。
しかし、96kHz/24bitでも192kHz/24bitでも、MQAであることに変わりはない。
そして、現実的に世の中に出回っているハイレゾ音源のスペックは大半が96kHz/24bitまでの範疇に収まっている。
もし「フルデコードでないと=176.4kHz/24bit以上の音源で比べないと意味がない」と言うのなら、それは「96kHz/24bitまでのMQAはよくないMQAで、176.4kHz/24bit以上のMQAはよいMQA」と言っているようなもので、MQA自身の首を絞めていることに他ならない。
・MQAとハイレゾFLAC以前に、TIDALとQobuzで音質差はないのか?
という問題にも触れておかなければ、TIDAL Masters/MQAとQobuz/ハイレゾFLACのフェアな比較はできないだろう。「サーバーで音が変わる」ことを認めるなら、実質的にサーバーの役割を果たす「ストリーミングサービスによって音が変わる」可能性も当然考慮しなければならない。
例えばの話だが、「一方を配信するサーバーにはファンレスのオーディオNASを使い、もう一方を配信するサーバーにはディスクリートGPUを積んでファンが唸りを上げるPCを使う」なんて状態では、サーバーの音質差によって結果がひっくり返ることもおおいに考えられる。
で、私の環境でTIDALとQobuzの44.1kHz/16bitの音源を比較すると、音質差はある。
誤差の範囲で片付けてしまってもいいレベルのごく僅かな差でしかないが、相対的にTIDALはふんわりやわらか、Qobuzはぴしっとシャープ、という傾向を感じる。
もっとも、「そもそもTIDALとQobuzの44.1kHz/16bitの音源は本当に同じものなのか?」という疑問は残るのだが……
とにかく、44.1kHz/16bitの音源を聴いた印象から、「TIDALとQobuzそれ自体の音質差は、あるとしてもMQAとハイレゾFLACの音質差を覆い隠したり覆したりするものではない」と判断した。
もちろん、今回のようにストリーミングサービスで流れてくる音源ではなく、ダウンロードした音源でもってMQAとハイレゾFLACの比較ができるなら、それに越したことはないだろう。
ただ、前述のように私はMQA音源のダウンロード購入にまったく興味がなく、メインシステムでMQAのフルデコードもできないため、実感と納得の伴う比較を行うためには、「RoonでTIDALとQobuzの両方が使える」という状況を待つ必要があったのである。
・再生環境(詳細)
canarino Fils × Roon
JCAT NETカードFEMTO
↓
SFORZATO DSP-Dorado(NOSモード・Diretta/LAN DACモード)
↓
SOULNOTE A-2
Dynaudio Sapphire
・聴いた曲
以下の音源はあくまでも代表である。
Diana Krall / Wallflower / Wallflower 48kHz/24bit
Sam Smith / The Thrill Of It All / Too Good At Goodbyes 88.2kHz/24bit
Chris Stapleton / From A Room: Volume 1 / Broken Halos 96kHz/24bit
それでは、白黒つけよう。
・音質所感
MQAは薄い。
ハイレゾFLACと比較すると、MQAは空気感が減衰し、横にも奥にも上にも空間が狭まる。
一方でボーカルや楽器のアタックなど「聴こえやすい音」の輪郭は強調気味になり、空間が薄くなることとあわせて、相対的に「明瞭な音」「メリハリの利いた音」という印象が生じる。輪郭がはっきりすることで「分離が良くなった」と感じることもあるだろう。
MQAではダイアナ・クラールもサム・スミスもクリス・ステープルトンも、確かにボーカルにはしっかりとした存在感がある。しかし、ハイレゾ音源に期待される伸びやかさ、厚み、広がりといった要素は希薄。「Broken Halos」では、声と演奏が狭い空間に押し込められて窮屈さを感じる。「Wallflower」のボーカルに関して言えば、「時間軸解像度が上がって音の滲みが減る」というMQAの主張とは逆に、むしろ滲んで膨張してしまっている。
そしてバックの演奏に意識を向ければ、細部の情報量が明らかに少なく、生々しい感触が失われている。これは「Too Good At Goodbyes」の20秒ほどから始まる指を鳴らす音で顕著である。音響心理学的には指を鳴らす音の再現性は重要ではないって?
つまるところ、MQAの「明瞭な音」という印象は、音源本来の情報量を余すことなく再生できた時に感じる「あらゆる音が埋もれず滲まず鮮度を失わず、存在を主張した結果」とは根本的に異なる、「小奇麗に音が整理された結果」なのだ。
総じて、MQAとハイレゾFLACの差は想像以上に大きいと言わざるを得ない。
極言すれば、ハイレゾFLACとの比較でMQAに抱く印象は、「CDとの比較でMP3に抱く印象」と通じる。
パッと聴いただけでは「ふうん」となっても、然るべき環境と然るべき機器で聴けば「あれっ」となる。そして真剣にオーディオに取り組んでいる身として、この違和感は決して無視できるものではない。
「MQAはロッシー」という一点をもって、安易にこんな話をしているのではない。
私がいつもそうしているように、全霊でオーディオに向き合い、音に耳を傾けた結果として、この話をしているのである。
さて、白黒ついた。
MQA < ハイレゾFLAC
以上。
なお、この記事における結論は、あくまで「MQA音源は同スペックのハイレゾ音源と比較すると音質が劣る」であって、「MQA音源は音が悪い」ではない。
比較試聴云々と無関係に、MQA音源を聴いて「Wow高音質!」と感じることを否定するものではないことには留意してほしい。
現に、TIDALの44.1kHz/16bitの音源とTIDAL MastersのMQA音源を聴き比べれば、後者に音質的優位を感じることも多い。「CD以上のスペックで音楽ストリーミングを実現した」という意味で、TIDAL Mastersが成し遂げた功績の価値が失われることもない。
ただ、「通常のハイレゾ音源か、MQA音源か」という選択肢が与えられたのなら。
ハイレゾ音源をそのまま聴けるなら、そのまま聴けばいい。
わざわざ秘伝のタレをかけてMQAにする必要はない。
これが私の結論だ。
mora qualitasには超期待している。