WAVとFLACではどちらが良いのか。
どちらを使えばいいのか。
なんとも悩ましい問題である。
この記事を書くか否かは正直なところ非常に迷った。
しかし、両者の「音質」にばかり焦点が当てられ、「タグ」という問題にはほとんど見向きもされないという現状には我慢ならず、私自身の意見を投じることとした。
とりあえず、WAV派・FLAC派双方の言い分を私なりにまとめてみる。
WAV派
・FLACは可逆圧縮/ロスレスとはいっても、再生時にはデコードが必要になる。それが再生機器に余計な負荷をかけ、何らかのノイズを生じさせることになり、結果として音質に悪影響を与える。その点、WAVは正真正銘の無圧縮であり、音質劣化は生じない。
よって、WAVこそが最高の音質であり、WAVを使うべきである。
・タグ? そんなものは知らん。
FLAC派
・タグが使えて便利。
・何がどう便利だって? だからタグが…………
・そもそもタグとは何かだって? ………………
FLAC派弱すぎ。
確かに、FLACは「Free Lossless Audio Codec」の名の通りロスレスとはいえ、再生に際してはデコードが必要になる。これが音質に対してどれほどの影響を及ぼすのか、人によって意見は異なるだろう。
ただ、音質面で「WAV=FLAC」にはなるとしても、「WAV<FLAC」になることはない。音源そのものは同じなのだから当然である。
よって、FLAC派は「タグが使えて便利だ」という点を、WAVに対する明確な優位性として強く主張しなければならない。ならないのだが、それがきちんとなされていない。
FLACを使うと、実際のところどう便利なのかをまるで示せていない。
こうして、タグの価値は殆ど顧みられないまま、音質至上主義というオーディオ的にごもっともな正義を掲げるWAV派が台頭する。
こんなことを言うと「WAV派許すまじ!」なんてふうに聞こえるかもしれないが、別にそんなことはない。
私は単にタグの何たるかについて知ってほしいだけだし、WAV派にもFLAC派にも、タグの何たるかをきちんと理解したうえで、「あえて私はこっちを選ぶんだ!」という状況になってほしいだけだ。
「そもそもタグって何だ?」という人はまず以下の記事を読んでほしい。
WAVか、FLACか。
難しい。
そこであえて言わせてもらえば、私の選択は、FLACである。
その理由は以下の通り。
1.音源を管理運用するうえで、タグは絶対に必要不可欠だから
2.WAVではタグが使えない(?)から
(これだけを見て早合点は禁物)
3.有意な音質差が感じられないから
1について。
そもそも、音源をデジタルファイルとして扱うことによる最大の利点とは何か?
その答えが「ディスクプレーヤーでは避けられなかった回転機構が発するノイズから解放されることで、未曽有の高音質を実現できる」――つまるところ「高音質」だという人に対し、私が提供できる情報は皆無に等しい。
是非、デジタルファイル再生における究極の音質を目指して頑張っていただきたい。
私の答えはというと、「音源の管理運用」である。
音源がディスクという物理メディアの制約から解放されることで、数十枚・数百枚・時に数千枚のアルバムを横断した音楽体験が可能となる。視聴位置から一歩も動くことなく、CDの80分縛りに付き合う必要もなく、まさに自分の思うがままに、自分のライブラリを縦横無尽に駆け巡れる。
これだけ言うと、「そんなもんiPodが登場した時点でとうに実現しているじゃないか」と思われるかもしれない。実際その通りである。
しかし、ここで重要なのは、「オーディオという音質が至上命題とされる恐るべき魔界においても、ようやくPCオーディオやネットワークオーディオという形で、iPodが嚆矢となった新たな音源管理/音楽再生の方法論が広まりつつある」ということだ。
さらなる高音質を求め、CDからSACDへといった変化・事件は今までもあった。(レコードからCDへ、という変化はまた別の意味を持つだろうが……)そして今度はディスクメディアから純粋なファイル音源に変わり、回転機構がないことで高音質を目指すと言っても、結局音質の追及という点では今までの延長線上にすぎない。
しかし、「音源の管理運用」は違う。従来とは完全に別物の思考方法である。
聴きたい曲が3曲あり、その3曲が別々のCDに収録されていたとしよう。ディスクを使う以上、その都度、椅子から立ち上がり、ディスクをかけかえなければならない。その行為にかかる手間はレコードからCDに移り変わる中で劇的に軽減されたと思うが、根本的には何も変わっていない。CDが増えれば物理的に置き場所もかさむ。どこに何を置いたのか忘れる。CDをかけかけるのが面倒になり、徐々に聴くアルバムが固定化されていく……これでは悲しすぎる。音楽を聴くうえで、手間はあくまでも手間でしかない。もっとも、ディスクをトレイに載せるという行為そのものに何かしらの楽しみ、儀式的な意味を見出す向きもあるとは思うが、それはまた別の話。
タグを用いて音源を管理し、自分自身のライブラリとして構築することにより、音楽を聴く際にディスクという物理メディアに起因する諸々の手間から解放される。これがPCオーディオやネットワークオーディオの本懐ではないか。オーディオ界隈の媒体で度々登場する「快適な音楽再生」も、結局はここに由来する。
高音質の追及、大いに結構。ただし、最終的な音質は音源それ自体はもちろんプレーヤーにアンプにスピーカー、ケーブルにボードにラックにセッティングに部屋、ありとあらゆる要素が関係するのに対し、ディスクメディアを超越した「快適な音楽再生」は「音源の管理運用」においてしか実現できない。
私はもっと快適に音楽を聴きたいと思った。
そしてそのためにこそ、音源をデジタルファイルとして管理運用する道を選び、ネットワークオーディオという方法論を選んだ。
しかし、実際の管理運用やライブラリの構築のためには、今までも散々述べてきたとおり、『タグ』の存在が必要不可欠である。
だからこそ私は、タグが使える、そして完全に機能するFLACを選ぶ。
長くなってしまった。
次。
2について。
よく聞く話だが、WAVではタグが使えないらしい。
タグの重要性を認識すればこそ、「WAVではタグが使えないからFLACを使う」という人も多かろう。
しかし、これは本当か?
本当にWAVではタグが使えないのか?
というわけで、検証してみた。
上の記事からの結論。
WAVではタグが使えない、などということはない。
WAVでもタグは使える。
ただし、「タグが使えること」と「タグが機能すること」は別物である。
FLACに比べると、WAVのタグには色々と制約がある。
ソフトや設定次第では、WAVでリッピングした音源とFLACでリッピングした音源に付加されるタグには微妙な差が存在する。
また、使うソフトが変わればタグの扱いも変わる。WAVのタグを読み込まない、あるいは文字化けするなんてことも往々にしてある。
WAVでリッピングした音源をFLAC等に変換するとタグはどうなる?
「WAVでもタグが使える」と言っても、「それが機能するかどうかは使用するソフト次第」なのだ。
一方で、FLACではこのような問題はまず生じない。
AIFFやALACといった他の選択肢と比べても、FLACの汎用性は抜きん出ている。
このソフトではタグが機能するがあのソフトでは駄目、などということがない。
なお、ここでいう「ソフト」とは、再生ソフトやサーバーソフトだけでなく、DAPやファイル再生機能を持つ単体オーディオ機器の内的なソフトウェアも含んでいる。
ちなみにiTunesではそもそもFLACが使えないので、どうしても慣れ親しんだiTunesを使いたいという人はAIFFかALACを選ぼう。iTunesとWAVの組み合わせは音源/ライブラリの汎用性が死ぬので推奨しない。もっとも、WAVとFLACの音質差に大きな価値を見出すような人が、iTunesを再生ソフトに使い続けているとはとても思えないが。
というわけで、「WAVではタグが使えないから」ではなく、「FLACはあらゆる局面においてタグが十全に機能する」ということこそ、私がFLACを選択する真の理由である。
音源とライブラリには普遍性が必要だ。
誤解のないように言っておくと、これはFLACだとかWAVだとか以前に、きちんとタグを管理編集することを前提にした検証である。
FLACならひとりでにタグが管理編集されるわけでも、WAVなら問答無用でタグが使えないというものでもない。そもそも初めから情報を入れておかなければ、「WAVでは情報が表示されない!」とも言いようがない。あくまでタグありき、使う側の意識ありきである。
WAVがどうした、FLACがこうしたと言う前に、きちんとタグを編集し、音源を管理し、自分にとって快適なライブラリを構築することのほうが遥かに大切だ。
3について。
これが一番難しい。
どう転んでも感覚的な物言いにならざるを得ない。
ただまぁ、あらゆる領域で何をやっても「激変激変また激変!」と叫びまくっているのがオーディオ業界だし、己の感覚を信じて何かを言う分にはまったく問題あるまい。
ということで、私も叫ぼうと思う。
CDからリッピングした音源でも、ハイレゾ(~192kHz/24bit)の音源でも、WAVとFLACの比較試聴は行った。ついでにAIFFとALACも含めて比較した。しかし結果として、有意な音質差を見出すことはできず、WAVに音質的な優位性を感じることはできなかった。
もちろん、「WAVの方がFLACより明らかに高音質だ!」と断言する人もいるだろう。それを否定する気は毛頭ない。WAVとFLACの音質差を表出できないのは再生環境や機材がしょぼいからだと断じ、WAVとFLACの音質差など存在しない・分からないと判断した人を糞耳だと罵倒したいのなら、いくらでもすればいい。
ただ、私にとっては存在するかどうかも怪しい音質差に、「快適な音楽再生を実現するための鍵」を失う危険を冒してまで手にする価値はないと判断しただけのこと。
というよりむしろ、ハードにソフトにセッティング、さらには再生する音源それ自体など、
最終的な「音質」を決定付ける膨大な要素がある中で、
WAVとFLACの音質差なんて死ぬほどどうでもいい。
タグを駆使して自分にとって理想的なライブラリを作り上げ、それがもたらす快適な音楽再生という果実を日々享受してもなお、WAVとFLACの音質差なんかを気にする暇があるのなら、機材やスピーカーのセッティングを完璧に突き詰めて部屋を掃除して美味いものを食べてぐっすり眠った方が、よっぽどいい音が聴けると私は思う。
ところで、dBpoweramp CD Ripperでは、リッピングの設定で「Lossless Uncompressed」というものを選べる。これは「FLACではあるけれど、圧縮はしていない」、つまり「FLACというフォーマット/器だけを利用した無圧縮」という方式である。もちろんFLACである以上、タグは完璧に機能する。WAVは無圧縮でFLACは圧縮だから音質的に云々、という人は、ぜひこの設定を試してみてもらいたい。
私もリッピングは基本的にFLAC Lossless Uncompressedの設定で行っている。別に圧縮なんてせずともストレージの容量は足りているし、「もしかしたらFLACの圧縮率によって音質差が……」なんて不安を感じずに済む。上で叫んでおいてアレだが、私もオーディオファイルの端くれなので、やはりこういう安心感は大切にしたい。
さて、色々長々と書いてきたが、私はFLACでいい。
選択は個々人に委ねられているが、私はFLACがいい。
音源の管理運用に万全を期すなら、音源を「単なる音声ファイル」として扱うのではなく、曲名・曲順・アルバム名・アーティスト名・ジャンル・アルバムアートといった情報を十全に機能させたいのなら、FLACを選んでおけば間違いはない。
一応付け加えておくと、dBpoweramp Batch Converterを使えば、FLACからWAVへの変換はライブラリ内の全フォルダ一括で可能である。アルバムアートも含め、基本的にタグの情報も保持される。
ということは、「FLACで作ったライブラリからWAVへの変換は相当な困難を伴う」なんてことはあり得ない。逆もまた然り。
そして言うまでもないことだが、例えばFLACで買った音源をWAVで買い直すなどという必要は皆無である。逆もまた然り。単に変換すればいいのだ。
dBpoweramp Batch Converterを使ったWAV⇔FLACの一括変換
FLAC⇔WAVの変換が労力なく、かつタグを保持したまま行えるとしても、それ以前の問題として、タグを用いた音源管理の重要性は変わらない。
WAVとFLACの音質差などどうでもいい。気にしたければ気にすればいい。
タグについてきちんと理解し、音源管理の重要性を認識してくれるのなら、ユーザーがWAVとFLACのどちらを選択するかなど大した問題ではない。
BDの収録音声がリニアPCMなら喜んで、DTS-HD Master AudioまたはドルビーTRUEHDなら悲しむ人がいるのか? そんな人は見たこともない。
さらに言ってしまえば、WAVとFLACは可逆的にいつでも変換可能である以上、両者の音質を比較していちいち大騒ぎすること自体、本来であればナンセンスだと私は思う。
この記事の本当の目的はWAVとFLACの違いについて、ましてや両者の音質差について延々と議論することではない。
タグについて、そして音源管理の重要性を理解してもらうことである。