先日、iFi audioのCEO、Vincent Luke氏が来日し、インタビューを行う機会があった。
私自身、nano iDSDやNEO iDSDやZEN DACやZEN Streamといった製品、他にも様々なiFi audioのアクセサリーを使っているユーザーということもあり、思いっきり聞きたいことを聞いてきたので紹介したい。
――iFi audioのブランドポリシーや、製品開発のコンセプトを教えてください。
iFi audioは、2006年に設立されたAMR(Abbingdon Music Research)という極めてハイエンドなオーディオメーカーの姉妹ブランドとして、2012年にスタートしました。100~1000ドル程度の製品を扱っているブランドは数多くありますが、バックにハイエンドブランドがある、という点でiFi audioは異なります。
このような背景があるからこそ、製品の価格帯にかかわらず「他と一味違うレベルの音質」を実現するとともに、AMRのDNAを反映することで、ユーザーが抱える問題を解決すべく、iPowerといったオーディオアクセサリーも手掛けています。
私たちの考える、音楽を最高に楽しめる究極のシステムとは、ターンテーブル・シングルエンドの真空管アンプ・クラシカルなフルレンジスピーカーといったものです。デジタル製品の開発においても、そうしたシステムをリファレンスとして、「オーディオ」ではなく「音楽」を大切にしています。iFi audioはDACを作っていますが、目指しているのは「デジタルな音」ではなく「アナログな音」なのです。
例えば、iFi audioが伝統的に多くの製品でバーブラウン製のマルチビットのDACチップを使い続けているのも、「アナログな音」を志向しているからです。たしかにバーブラウンのチップは測定値的にはそれほど優れているわけではありませんが、「音楽の再現」という点での素晴らしさを私たちは知っています。
――私はnano iDSDのユーザーです。ブランドの初期にリリースされたnano iDSDのように、iFi audioの製品は極めてスペックの高いハイレゾ音源に他社に先駆けて対応を実現していましたが、何がそれを可能にしたのでしょうか。
それには2つの理由があります。
まず、「ユーザーが高いスペックを望んだ」ということです。当時、既に音源のレベルではDSD256が存在していましたが、それを再生可能な製品は存在せず、DSD64対応が精々でした。だからこそ、一足飛びにDSD256対応を果たしましたし、iFi audioにはそのための技術力もありました。
ふたつめは、「バーブラウンのDACチップの使いこなし」です。一例として、バーブラウンの「PCM1793」は、データシート上ではDSD128までの対応です。しかし、iFi audioは同じチップを使いながら、DSD256対応を実現しています。これは高い技術力の証明といえます。多くのメーカーは「データシートを見て終わり」ですが、iFi audioは「データシートを見てからが始まり」なのです。
DACチップについて、スペックだけでなく音質の話もしましょう。昨今、多くのメーカーがESSやAKMのDACチップを採用するなかで、iFi audioは流行でもない・古い・マルチビットのバーブラウンのDACチップを使い続けてきました。それは音質面での確信があるからです。
――iFi audioの高い技術力の背景には、どのような哲学があるのでしょうか。
「競争は良いものだ」ということです。例えば、nano iDSDでDSD256対応という飛躍を果たし、後に他メーカーも対応を果たしました。次に、iFi audio製品でMQA対応を果たし、他メーカーも追随しました。さらにその次には4.4mmバランス端子の採用などがあります。iFi audioは積極的に新しい技術を採用する一方で、そこに価値を見出すかどうかはあくまでユーザーに委ねるというスタンスです。
競争があるからこそ、私たちは常に技術を研鑽し、他社に先駆け、新しいものを取り入れようとしています。
――iFi audioはホームオーディオとポータブルオーディオの両方を手掛けていますが、どのような意図があるのでしょうか。
考え方はとてもシンプルです。昔は「ホームオーディオありき」の世界でした。誰もが家庭内の据え置きオーディオシステムで音楽を聴いていました。「あなたが、音楽の場所に行く」というスタイルです。一方で現代は、「音楽が、あなたについてくる」時代です。仕事場の机でスピーカーやヘッドホンを使い、外出先ではスマートフォンとイヤホンを使うというスタイルになりました。
残念ながら、iFi audioは従来的な据え置きオーディオに将来性はないと考えています。将来のスタイルはスマートフォンやPCなどを使い、場所やシステムを問わず音楽をストリーミングするというものです。ユーザーは彼らが望む形で音楽を楽しんでいます。
ユーザーが従来的な据え置きオーディオの方を向かなくなった以上、メーカーとしても、ユーザーが望むものを提供する必要があります。今までと同じようなシステムを構築してください、とは言えません。そしてもちろん、ポータブルの領域でも、iFi audioらしい、新たな技術開発や提案を続けていきます。
イギリスだけでなくアメリカでさえ、新しい家はどんどん小さく・狭くなっており、据え置きオーディオがますます難しくなっているという事情もあります。iFi audioのホームオーディオ製品がコンパクトかつ多機能なのはそれを反映しており、スピーカー一体型システムの「AURORA」をリリースしているのもその一環です。
iFi audioはトレンドを作ることも、変えることもありません。トレンドを追い、また次のトレンドを分析して戦略を立てることを楽しんでいます。
――iFi audioは従来USB DAC/PCオーディオ関連製品が中心でしたが、最近はZEN StreamやNEO Streamが象徴するように、ネットワークオーディオへも力を入れているように感じます。この辺りの変化について教えてください。
それこそ、トレンドです。トレンドの変化を止めることはできません。iFi audioは世界中の重要なマーケットでトレンドに関する情報を集め、意思決定に活かしています。
当然ながら、トレンドにキャッチアップするためには高度な技術力が重要ですが、iFi audioにはそれがあります。アクセサリーの新製品として、ネットワークオーディオのノイズ対策を行う「LAN iSilencer」も投入します。
――ネットワークオーディオで先行するブランドに対し、iFi audioならではの強みや独自性はどのようなものがあるでしょうか。
ハードウェアとソフトウェアの両方に精通していることです。特にiFi audioは非常に強力なソフトウェア開発チームを擁しており、今までの製品にも様々に寄与してきました。
繰り返しになりますが、iFi audioは「競争は良いものだ」と考えています。強力なコンペティターがいるからこそ、自分たちも進化できるからです。
――ネットワークオーディオには様々なプラットフォーム/ソリューションがあるなかで、iFi audioがVolumioを選んだ理由を教えてください。
鍵は「オープンソース」であることです。オープンソースだからこそ、改良できる余地があり、「良い競争」も生じます。iFi audioのソフトウェア開発力も活かせます。しかし、「クローズド」なプラットフォームだとそれも難しくなります。
――「デスクトップオーディオ」の重要性は今後高まると考えていますか?
Yes!
従来的な、広い部屋や大きなスペースを必要とする据え置きオーディオが右肩下がりになる一方で、デスクトップオーディオのスタイルは今後も需要が高まっていく可能性があります。いうなれば「Head-Fi」ならぬ「Desk-Fi」でしょうか。
話の中で幾度も出てきた「トレンド」という単語と、「残念ながら、従来的な据え置きオーディオに将来性はない」という(刺激的な、それでいて現実的な)見解。この二点だけを抜き出せば、iFi audioはあまりよろしくない意味で現実志向&未来志向、下手をすると従来的なオーディオの趣味性を顧みないブランドとも捉えられかねないだろう。
しかし、iFi audioにはAMRというハイエンドブランドの血が確実に流れており、Vincent氏本人も含めて「従来的な据え置きオーディオ」に対するこだわりや思い入れを大切にし、製品開発にも活かしているという点において、「現代のトレンドに適応しただけ」のブランドとはやはり一線を画している。機を見るに敏で、今までのオーディオからすると一見風変わりなことをしているように見えても、間違いなくその根幹にはオーディオという趣味に対する深い憧憬がある。
デスクトップオーディオへのコメントも然り、時代や社会の変化に伴ってシステムのスタイルが変わっても、「クオリティへのこだわり」を堅持しつつ業界自身も変わることで、オーディオという趣味の命脈はきっと保たれる。インタビューを通じて、あらためてその念を強くした。
なお、iFi audioの母体となったAMRも、次回のミュンヘン・ハイエンドで久々に新製品を登場させるとのこと。AMRというハイエンドブランドのDNAがiFi audioの躍進を支えたように、iFi audioで培った様々な知見もまたAMRの新製品に活かされているものと思われ、どんなものがお出しされるのか期待したい。
【追記】
iFi audioがプラットフォームに採用しているVolumioについて、CEOのMichelangelo Guarise氏にインタビューを行ったので、こちらもぜひ。