2007年のTIAS。
その時、奇しくも私は同じくDynaudioのAudience122を見初めばかりだった。そして、B&W、Focal、ELAC、Monitor Audio、KEF、並み居る選択肢を押し退けてDynaudioに最大の魅力を感じた私にとって、その年のTIASでDynaudioの30周年記念製品が登場すると聞けば、見に行かないわけにはいかなかった。
TIASで目にしたSapphireは、美しかった。
そしてSapphireは、紛れもなく私の知るDynaudioのスピーカーだった。
当たり前のように聞こえるかもしれないが、スピーカーメーカーによっては価格帯によってまるで音が違うなんてことはザラにある。特にエントリークラスの製品とトップエンドの製品にもなればなおさらだ。
しかし、Sapphireには、その手の乖離がまったくなかった。
レンジの広さや分解能と言った物理性能を磨き上げながらも、決して作為的高性能やオーディオ的美音に転ばない、極めて絶妙なバランス。高性能なスピーカーにありがちな「いやな音」を絶対に出さないという安心感。
私はそこに、DynaudioをDynaudioたらしめている精髄を見た。
正直な話、Dynaudioより“高性能な音を出す”スピーカーブランドはいくらでもあるように思う。分解能や広帯域という点では、B&Wを筆頭とする技術志向のメーカーに太刀打ちできそうにない。
また、“音の特徴”も、それほど訴求力があるとは思えない。例えばソナス・ファベルのように、長い時間をかけて醸成された“音のイメージ”があるわけでもない。
ただ、特に高域にメタル系素材を使ったスピーカーは私の耳には痛かったし、意図的な音作りをしているスピーカーは職人芸に感心こそすれ好みではなかった。
例外として、B&Wの新800シリーズダイアモンドがある。本気でDynaudioからの浮気も考えた。究極的に素晴らしい物理性能に加え、信じられないことにこの価格帯で……それこそ805DでさえAVALONを髣髴とさせる天上の音を鳴らす。さらにハードドームを使っていながらちっとも耳に痛くないというチート。
だが、Dynaudioだ。
私はディナがいい。
Dynaudioの音とはどのような音か。
Audience122を経て、Sapphireを使って、私はこのように結論する。
Dynaudioは雪のようなスピーカーだ。
一音一音の背後に感じる冷気。
一音一音の隙間に感じる翳り。
静寂が染み渡る。
さすがは雪国で作られたスピーカーとでも言うべきか。
しかし、それだけではない。
鮮やかなのだ。
「Dynaudioは鳴らし辛い」という話をよく目にする。私も実際にそのような印象を受ける。特にウーファーは重く、なかなか軽やかには動いてくれないと感じる。
Dynaudioの中ではエントリークラスにあたるAudience122でさえ、アンプを5回も替え、そのたびに「今までは全然鳴っていなかった」と思い、底知れない奥深さを見せた。
つまるところ「Dynaudioは鳴らし辛い」という話は、「Dynaudioのスピーカーは巨大な潜在能力を持つ」ということの一面的な表れなのかもしれない。
そして最後の、現在も使っているNmode X-PW10にアンプを替えた時、光が差した。
それは雪が陽を浴びて七色に輝く様だ。
決してただ冷たく、色彩のないスピーカーではない。
雪は煌めく。
脳裏に去来するのは、雪国の冬の光景である。
冷気と翳りの上で踊る極彩色の輝き。
Dynaudioは雪だ。
合うのだ、決定的に、私の耳に、体に。これこそ、どうしてもDynaudioでなければならない理由である。
話をDynaudioからSapphireに戻そう。
Sapphireと出会った当初、私はタイミングの悪さに歯噛みした。
学生には200万もの資金を捻出する余裕などあるわけがないし、Sapphire自体全世界1000ペア限定、さらに日本に入ってくるのはそのうちの50ペアと聞いた(うろ覚え)。私は涙を呑むしかなかった。
とはいえ、幸いなことに、Sapphireは私の夢で在り続けた。たとえSapphireを買えずとも、スピーカーはDynaudioと一蓮托生だと決めていた。ありとあらゆるオーディオ機器に次から次へと目移りしてしまう私だが、スピーカーのゴール、あるいは夢だけは変わらなかったのである。
そして、今から一年半ほど前、夢が叶った。
Sapphire bordeauxである。
「Dynaudio Sapphire」でググるとこのブログが真っ先に出てくるようなので、折角だから舐めるように色んな角度のSapphireの写真を貼ろう。
足元
山崎創作のブビンガベースを使用
スパイク受けは超々ジュラルミン製
スピーカー端子
AudioQuestのRockefellerを使用
色、形状、存在感は絶大だ。
肝心の音はというと、やはりDynaudioの音である。
冷気と翳りの上で踊る極彩。
レンジ、分解能ともに100万越えのスピーカーに求められる水準はクリアしている。それでいて、オーディオ的高性能をこれ見よがしに聴かせるようなくどい音ではない。そして絶対に嫌な音を出さない。
ユニットの数は多いが、まとまりは非常にいい。各帯域がバラバラに鳴っている感じは皆無。
とにかく自然な音。迫力よりも繊細さ志向。冷えた日に降る雪をまじまじと見つめれば、微細な結晶が重なり合っている様が見えるような……そんな繊細さ。それでいて、音数の多いロックなど、やかましい音源も余裕綽々でこなす懐の広さもある。低音は相当下まで崩れず、明瞭な輪郭を保つ。
音の広がりは前にも横にも奥にも広い。ただ、あくまで音源それぞれの空間をそのまま再現するという印象で、スピーカー側で一様に広げているという感じではない。
一番実力を発揮するのはやはりアコースティックな音源だろうか。大型スピーカーだが、Helge Lien Trio / Natsukashiiの表題曲やSalah Maclachlan / Angelのように、シンプルにして静寂感に満ちた曲を再生すると鳥肌が立つような音を奏でる。とてつもない浸透力。
映画音響に対しても凄まじい再生能力を発揮する。
フロントをAudience122からSapphireに替えたことで、映画再生の何もかもが一変してしまった。
正直言ってサブウーファーが要らない。
現在使っているアンプはNmode X-PW10。
Audience122との組み合わせで、Dynaudioの真価を見せてくれたアンプだ。
Sapphireに組み合わせるアンプとして価格的には控えめだが、出てくる音に不満はない。
ただ、「まだまだSapphireはこんなもんじゃない」というのがなんとなく見えてしまうあたりが恐ろしい。
次にスピーカーを買うのはいつになるだろう。
とりあえず、Dynaudioの50周年記念モデルが出るくらいまでは、間違いなく紺碧の福音が続きそうだ。