「ハイレゾだから高音質」という幻想

 愚痴。

 最近、オーディオ業界のありとあらゆる場所で、「ハイレゾは高音質」「ハイレゾで高音質」「ハイレゾなら高音質」「ハイレゾだから高音質」といった文句を目にする。挙句の果てに、「ハイレゾ対応スピーカー」なんてものまで現れた。

 そんな魔法があってたまるか。

 あらかじめ言っておくが、私はハイレゾ、あるいはハイレゾ音源それ自体を否定しているわけではない。
 デジタルである以上、単純にスペックだけを考えれば、44.1kHz/16bitよりも96kHz/24bit、96kHz/24bitよりも192kHz/24bitが優れていることに異論はない。いわゆる「アップサンプリング」になるとまた話は変わってくるが。
 そもそも、bit数が云々サンプリング周波数が云々と言う以前に、音源そのものに大きな音質差が存在することを忘れてはならない。
 「元」がどうしようもない音源を、ハイレゾという「より大きな器」で配信したどころでどうしようもない。たとえ高いスペックで作っていたとしても、例えばコンプをかけられるだけかけた単にやかましいだけの音源をそのままリリースしたところで、無意味とは言わないが根本的には何も変わらない。
 そして、名前ばかりのハイレゾ音源が裸足で逃げ出すほどに高音質なCD音源も数多く存在していることも確かである。

 しかし、問題はそこではない。
 私が問題にしたいのは、最近のオーディオ業界に蔓延している、「再生する音源がハイレゾならばそれだけで高音質が手に入る」などというふざけた風潮である。
 最近では「ハイレゾ対応インシュレーター」「ハイレゾ対応電源ケーブル」、さらに「ハイレゾ対応NAS」(!?)「ハイレゾLANケーブル」(!?)などというわけのわからないものまでが登場して、ハイレゾという単語を高音質の象徴のように冠している。

 そんな魔法があってたまるか。

 音質は音源だけでは決まらない。
 そもそも音源を再生するためのプレーヤーに始まり、アンプがあり、そして最も大切なスピーカーがある。恐ろしく大事なスピーカーセッティングという要素があり、部屋の影響だってある。ケーブルやらアクセサリーは……とりあえず省略する。
 音源の重要性を否定する気は毛頭ないが、音源はあくまで高音質を実現するための一要素に過ぎない。
 ヘッドホンを使う場合、スピーカーや部屋の影響は排除できるが、それでもどんなDAC/ヘッドホンアンプを使うのか、そもそもどんなヘッドホンを使うのか、という問題は当然生じる。ノートPCの音声出力に100円イヤホン直挿しでハイレゾもクソもあるものか。

 こんなことは私が言うまでもなく、今まで真摯にオーディオに取り組んできた人なら当然知っていることだろうし、何より、オーディオ業界自身が最もよく知っているはずだ。
 しかし、前述の「ハイレゾなら問答無用で高音質」という風潮を喧伝しているのは、他ならぬオーディオ業界なのである。いったいどうしたというのだ。

 看過できないのは、「ハイレゾ=高音質」という言葉の陰に見え隠れする、「今までのオーディオ=音質が悪い」という主張である。こんなふざけた主張を、とうのオーディオ業界自身がしているのである。オーディオ業界のすべてがそうだとは言わないが、まったくもって信じられない。本当に、どうしてしまったというのだ。
 彼らは自分たちが今まで積み上げてきたものをないがしろにするつもりなのか。
 オーディオ業界はアナログレコード時代も、CD時代も、音源の変遷はあれど、プレーヤーにアンプにスピーカー、真摯にオーディオ機器の研究開発に向き合い、デジタルとアナログの両面から、愚直なまでに音質を追求し、磨き上げてきた。個別の製品には価格帯という制約はあるにせよ、今日のオーディオ製品群は一朝一夕にあるのではなく、そういった蓄積の最終到達点としてあるはずだ。

 私の知る限り、オーディオ業界は色々と情けないところはあるにせよ、少なくとも「ハイレゾならば問答無用で高音質」などと言い出すほど無責任ではなかった。様々な機器の可能性を大事にし、多種多様な使いこなしと組み合わせを尊重し、その結果としての高音質を求める姿勢を大切にする風土があった。もっとも、そういう何でもありの姿勢が、オカルトじみた領域の無秩序な拡大を招いてしまったこともまた確かではあるが。
 なのに、それなのに、最近のオーディオ業界はいったいどうしてしまったのか。
 「再生する音源がハイレゾではない」というだけで、先達が作り上げてきたシステムを否定するような最近の風潮は目に余る。
 過去、メーカーが心血を注いで作り上げた今も現役の機器が、プレーヤーは勿論のこと、アンプやスピーカーでさえ、「ハイレゾに対応しない」「ハイレゾ時代の製品ではない」という理由だけで、問答無用で一段下に見られているのである。ひとりのオーディオ好きとして、このような状況はあまりにも悲しい。

 強靭な筐体を備え、コストが許す限りの物量を投入し、メーカーの誇りを込めて世に送り出されたCDプレーヤーやDACは、「ハイレゾに対応しない」というだけで、5万で買えるペラペラの筐体にスカスカな中身の「384kHz/32bit&DSD5.6MHzにフル対応」したUSB DACに劣るのか?
 どこからどう見ても従来品から何も変わっていないミニコンポが、「ハイレゾに対応した」というだけで即座に高音質に化けるのか?
 ハイレゾ音源が存在しない時代に作られた100万のスピーカーは、本当に「ハイレゾ対応」を謳う5万のスピーカーに劣るのか?

 そんな馬鹿なことがあってたまるか。

 オーディオとは、少なくとも私にとってのオーディオとは、そんなものではない。
 いったいどうしたオーディオ業界。
 PCオーディオとUSB DACとヘッドホンの隆盛にあてられて、今までの姿を見失ってしまったのか?
 それらの領域から新規参入してきたユーザーに媚を売ろうとしてハイレゾハイレゾとうわごとのように繰り返したところで、業界は決して活発にならない。
 私が最も恐れているのは、ハイレゾ=高音質という認識が独り歩きし、ハイレゾ音源を聴いている限り、ノートPCの冗談のようなスピーカーで聴こうが、100円イヤホンで聴こうが、まったく意に介されなくなること。すなわち、「何で聴くのか」という部分が欠落することである。これは「いい音で聴けばもっと楽しい」というオーディオ文化の消滅であり、オーディオ業界の滅亡に他ならない。

 私にとってあまりにも当たり前のことを言おう。
 「ハイレゾにフル対応」した5万のミニコンポとセットのスピーカーで聴く「192kHz/24bit」の音よりも、「ハイレゾなんて言葉とは無縁」の時代に真剣に作られた3万のCDプレーヤーに3万のアンプ、そして5万のスピーカーで聴く「CD――44.1kHz/16bit」の音の方が遥かに善い。
 5万の「ハイレゾフル対応」DACの音は、誠実に作られた30万の「単なる」CDプレーヤーに逆立ちしても敵わない。(製品によっては可能性はゼロではないが……)
 DSD/5.6MHzの「超高音質」音源を5万のスピーカーで再生したところで、それはどこまでいっても5万のスピーカーの音でしかない。

 オーディオに魔法は存在しない。

 音源があり、プレーヤーがあり、アンプがあり、スピーカーがあり、セッティングがあり、その結果としての「高音質」がある。
 この基本は決して覆らない。
 「再生する音源がハイレゾならそれだけで高音質を実現できる」などということはあり得ない。

 ハイレゾ音源やハイレゾ対応機器を無闇に礼賛し、その比較対象としてCDをはじめとする従来の音源や機器の価値を貶めることは、オーディオ業界自身の存立を危うくしているということに気付くべきである。

 オーディオは楽しい。
 オーディオはより深い感動のために。
 オーディオ業界の健全な発展を切に願う。

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