【ネットワークオーディオの魔境を往く】 - いったい何が始まるんです?
ネットワークオーディオに真面目に取り組もうとすると、一度はこの問題にぶつかることだろう。私もその口だった。
2010年の秋、すなわちNA7004やNP-S2000が発売されたりNet Audioが創刊されたりといったあたりから、「オーディオ用LANケーブル」というジャンルもにわかに活気付いたことを覚えている。覚えている人も多いとは思うが、当時はAIM電子のシェルディオという、やたら硬いらしいケーブルに評価が集中していたように思う。残念ながら聴いたことはないが。
MAJIK DS-Iを2010年の春に導入した私にとっても、この問題は非常に悩ましいものがあった。
当初は「LANケーブルなんかで音が変わってたまるか!」と思っており、その辺に余っているLANケーブルを使っていたのだが、前述の盛り上がりもあり、「試しもせずに決めつけるのはよくないな……」ということで、PC用ではない、いわゆるオーディオ用のLANケーブルを購入した。
audioquestのRJ45Gという、かなり以前からあった製品である。たしか2mで3500円程度で、とりあえず試してみるには都合がよかった。
安価な割には非常に立派なケーブルで、見た目もプラグも実にしっかりしている。ただ、結構硬く、取り回しには少々苦労した。
肝心の音質の変化なのだが、残念なことに、これがさっぱり変わらなかったのである。
当時のシステムはMAJIK DS-IとAudience122というシンプルなもので、ルーター⇔DS間にRJ45Gをあてがったのだが、音質の変化はまるで聴き取ることができなかった。
ここで、私は「やっぱりLANケーブルなんかで音は変わらない」という結論に大きく傾くことになる。
時は流れ、忘れもしない2011年の東京インターナショナルオーディオショウ。
マランツブースにおいて、audioquestの新製品のデモンストレーションが行われていた。デモの主役はLANケーブルの新製品である。NA7004を使い、ハブにあらかじめ旧製品のRJ45Gも繋いでおいて、新旧の比較をするというものだった。RJ45Gとの比較という意味でも、本当にLANケーブルで音は変わるのかという疑問に答える意味でも、私にとってまたとない機会だった。
新製品――Ethernet forestに替えて音を出した瞬間、私は認めざるを得なくなった。
LANケーブルで音は変わる。
地震やら何やらでばたばたしていた身辺が一段落して、Ethernet forestをシステムに導入したのは、既にスピーカーがSapphireに替わった後のことである。
Ethernet forestはかつてイベントで体験したものを彷彿とさせる、素晴らしい変化をシステムにもたらした。
音の背景の雑味が減る――S/Nが改善されることで、今まで埋もれてしまっていた微小な音が聴こえてくるようになる。
あまりにも陳腐な表現で恐縮だが、端的に言って「ベールが剥がれた」とはまさにこのことだ。
一聴してわかる大きな改善に、私は小躍りして喜んだ。
するとまた、いつもの病気が顔を出す。
「エントリークラスのフォレストでこれだけの効果があるなら、もっと上のクラスになるとどうなるんだ?」
同じくaudioquestの、Ethernet Vodkaである。さすがにDiamondに手を出す勇気はなかった。
コレをフォレストと繋ぎかえて、期待に胸をときめかせながら音楽を鳴らした。
……鳴らしたのだが、あまり違いが判らなかった。
この時既に、私は「LANケーブルで音が変わる」ということに対して肯定的だったので、音質変化に対して真っ向から疑ってかかったわけではない。それどころか、変われ変われ、もっと良くなれと身を乗り出して変化を聴き取ろうとしていた。
それでもなお、残念なことに、あまり違いが判らなかった。
最大限肯定的に変化を捉えれば、フォレストの時と同様、「背景がより静かになり、細かい音が現れるようになった」ということになるのだが、変化の幅はフォレストに比べて遥かに小さかったのも確かだ。
このことは、ウォッカがたいしたケーブルではないことを示すのではなく、むしろ、フォレストがオーディオ用LANケーブルとしてずば抜けたCPの高さを有するということを示している。アクセサリーにせよ、機器にせよ、重箱の隅をほじくり返すかのごとき微細な変化に高額な投資を強いられるオーディオ業界において、Ethernet forestがネットワークオーディオにもたらす改善幅は凄まじいものがある。
audioquest以外のオーディオ用LANケーブルを試したことは一度もないのだが、とにかく私自身の環境でこれだけの変化を体験してしまった以上、この記事の問いかけに対し、私は以下の結論を出さざるを得ない。
LANケーブルで音は変わる。
オカルト呼ばわりもいたしかたない。私だって、「そんなバカな」と思ってしまう。
なぜLANケーブルで音が変わるのか、整然とした理由は見つけられそうにない。そもそも技術者でもない以上、付け焼刃であれこれと考えたところでたかが知れている。
なんにせよ、私の環境で、LANケーブルによって音が変わった――少なくとも私がその確信を得たことだけは事実だ。理論はさっぱり分からずとも、「〇〇をすれば音が変わる」なんてものはオーディオにはザラにあるし、これはこれでいいのだと思う。現に、LANケーブルで音が良くなって、私は嬉しい。
ちなみに、ウォッカを買って余ったフォレストはNAS⇔ハブ間の接続に使用している。
こちらはプレーヤー⇔ハブ間とは異なり、まったく変化を感じない。でも、なんとなく使っている。オーディオなんてそんなもんだ。
なお、言うまでもないことだが、ネットワークオーディオではLANケーブルで音が変わる云々を言い出すよりも前に、やらなくてはいけないことが腐るほどある。
そのことを忘れてはならない。