【ファイル再生の基礎知識】「ネットワークオーディオ」とは何か

 ネットワークオーディオやその前段としての音源管理について色々と書いてきたわけだが、そもそも「ネットワークオーディオとは何か」というそのものずばりな記事を書いていないことに今さらながら気が付いた。その問いに対する答えは幾度となく各記事の中で提示してきたつもりではあるが、確かに片手落ちと言われても仕方がなかったかもしれない。現に、多くの場合私に真っ先に寄せられる問いはそのものずばり「ネットワークオーディオって何?」だからだ。

 ネットワークオーディオとは何か。

 この問いに対して明瞭かつ簡潔な答えを提示するのはたやすいことではない。
 私は「ネットワークオーディオとは音楽再生におけるコントロールの方法論である」と答えるようにしている。しかし、何の脈絡もなくこのような回答を聞かされても「は?」となるだろうというのも承知している。そして私自身、この認識を得るに至るまで、厖大な思考と試行錯誤を必要とした。一朝一夕に辿り着いた答えではない。

 ネットワークオーディオとは何か。

 この記事では、ネットワークオーディオというものについての包括的理解を得るために、その歴史から紐解いていく。
 そして最終的には、「ネットワークオーディオとは音楽再生におけるコントロールの方法論である」という結論に辿り着きたい。

 以下の文章はあくまで私の個人的理解であり歴史観であるので、細部を見れば色々と突っ込みどころもあろうかと思われる。
 単なるオーディオ好きの一考察以上のものではないので、笑って見てもらえると嬉しい。
 
 

1.PCによる音源のデジタル・ファイル化

 すべてのはじまり。
 厳密にそれがいつ頃なのかは分からないが、おそらく90年代の半ばから、PCを使ってCDのリッピングが行われるようになった。エンドユーザーが利用できる“デジタル・ファイルとしての音源”の誕生である。
 ついに音源は物理的なメディアから独立し、デジタル・ファイルとしての姿を得た。もはやCDの74/80分縛りを気にする必要も、アルバムに収録された曲順で聴く必要も、いちいちCDをかけ直す必要もなくなった。当時はまだストレージの容量という現実的な問題はあったものの、音源をデータの形で取り込み、それを蓄積していくという環境は整った。
 すなわち、“デジタル音源によるライブラリ”、そして“ライブラリの中から聴きたい曲を聴きたい順番で聴く”という行為の誕生である。
 LHH-300Rなんかが出ていた時代である。PCとオーディオの接点など、少なくとも一般的なエンドユーザーのレベルにおいては何もなかったと言っていいだろう。この時点では、デジタル音源のライブラリはPCの中に留め置かれていた。
 
 

2.iPodの登場とオーディオの没落

 初代iPodの発売は2001年。
 ネットワークオーディオへ到る歴史という観点から考えれば、iPodの衝撃は、まさに“デジタル音源のライブラリをPCの外に持ち出すことを可能にした”という点にある。
 単に外で音楽を聴くというだけなら、それこそiPodの20年以上前からウォークマンが実現していた。iPodはそれ以前のデジタルオーディオプレーヤーが持っていた諸々の難点を解消し、なおかつ本体に十分なストレージを持つことで、デジタル音源のライブラリをPCの中から解放した。進化を続けるiPodは、革新的に優れた操作性、そして端末上で完結するプレイリストという方法論により、聴きたい曲を聴きたいように聴くという行為をより高い次元へ、すなわち“快適な音楽再生”というレベルにまで引き上げた。
 iPodの登場により、オーディオ業界は巨大な打撃を被った。オーヲタとしては悲しい話だが、後に繋がる重要なことなので容赦なく書く。
 恐竜的進化を続けるだけのオーディオは見向きもされなくなり、PCの一般への普及も相まって、人々はiPod(と、それをはじめとするDAP)に流れた。無論、そこで使われていたのはmp3などの圧縮音源である。
 「音質」を至上命題として掲げてきたオーディオ業界が、「快適な音楽再生」を提供するiPodに敗北したのである。完全敗北である。もはや誰の目にも、オーディオ業界の斜陽は決定的なものとなった。音質をこそ最重要視してきたオーディオという領域は、iPodの登場により滅亡の危機に陥った。この流れは今も変わっていないが。どれだけ「mp3なんてクソだ! 聴けたもんじゃない!」と叫んだところで、誰からも相手にされなくなった。
 
 

3.オーディオの降伏とiPod/PCへのすり寄り

 2000年代後半。
 ふと気付けば、iPodを目の敵にしたところで意味がないことを悟ったのだろう、オーディオ業界は内心では相変わらず馬鹿にしつつも、iPodにすり寄るようになっていった。さすがにその音楽再生における快適性だけは認めざるを得なくなったのか、USBケーブルやドック経由でiPod内の音源を再生できる機材が登場し始めた。
 また、iPodをすっ飛ばし、PCそのものとオーディオの領域をどうにか融合できないかという流れも、徐々にではあるが生じてきた。とはいうものの、この時期ではまだ、病的なまでのノイズフォビアであるオーディオ業界にとって、許しがたいレベルでノイズを撒き散らすPCをオーディオシステムの中に組み込むなど言語道断である、という考えも強固に残っていた。その考えは今でも残っているし、それ自体は別に間違いではないけれど。それでもなお、何か手を打たなければ冗談抜きでまずいという危機感は間違いなく感じられた。
 ここで重要なのは、オーディオの領域がiPodやPCにすり寄ったといっても、それはあくまで音楽再生における快適性を取り込みたいがためであり、新規ユーザー獲得のためという意味合いが強かったということだ。PCやiPodへの親和性を謳う製品はごく一部の例外を除きあくまで低価格帯に限られ、オーディオの大きな主題である“音質の追及”という点では、PC的な領域は相変わらず見向きもされていなかったのである。
 ん? iPod Hi-Fi? そういえばそんなものもあった。当時のオーディオ系メディアのアップルへのあからさまな媚売りが見ていて実に面白かったことを覚えている。
 客層を完全に奪い去られたオーディオという領域は、ユーザー再獲得のためにiPod/PCへのすり寄りを始めたものの、こと音質面に関しては、未だにそれらを忌むべきものとして排斥していた。実際にPCはノイズまみれもいいところだし、無理もない。
 そんな中、大事件が起こった。
 
 

4.LINN KLIMAX DSの衝撃

 LINN DS。ネットワークオーディオプレーヤーの代名詞にして、その可能性の地平を今なお切り開き続ける偉大なプラットフォーム。
 今でこそ、LINN DSは最もユーザビリティに優れたネットワークオーディオプレーヤーとしての評価を欲しいままにしているが、聞くところによれば、発売当初はPC上のエクスプローラーからファイルを一つ一つ再生するしかないという有様だったようだ。それこそ90年代半ばのデジタル音源黎明期そのまんま。快適な音楽再生など夢のまた夢である。
 ではなぜ、CD12という歴史に名を刻むCDプレーヤーの銘機を作り出したLINNほどのメーカーが、ネットワークオーディオプレーヤーなどというよくわからないものを、いきなりKLIMAXのラインで作ったのだろうか。
 音が良かったからだ。サーバー(つまるところPC)からデジタル・ファイルとしての音源をLAN経由でストリーミング再生するという手法は、ディスクを回して再生するよりも遥かに高音質だったらしい。少なくともLINNはそこに可能性を見出し、KLIMAX DSを生み出した。また、LINN Recordsが有する、CDを大幅に凌駕するスペックのスタジオマスター音源(今ではより広い意味でハイレゾ音源の呼び名が定着した感がある)の再生にも対応し、さらなる高音質への可能性をも切り開いて見せた。オーディオ業界において、音質の追及という点では今まで散々馬鹿にされ、排斥され続けてきたPC的な領域が、突如として究極の音質を実現するための一要素となったのである。
 オーディオ業界が実利とプライドの間で揺れ動いていた2007年当時、KLIMAX DSの登場が与えた衝撃はいかほどのものだっただろうか。まさに最初からクライマックスである。実際にKLIMAX DSや後に続くDSファミリーの再生音質は凄いものがあったようだ。なんせ、オーディオを始めて間もない学生の耳にさえ、LINN DSの名声が聞こえてきたほどである。
 さて、ここにきてついに、“ネットワーク”という言葉が登場した。オーディオという領域でネットワークという言葉が瞭然たる存在感を伴って使われるようになったのは、まさにKLIMAX DSの登場がきっかけであると言っていいだろう。
 しかし、忘れてはならないことがある。それは、KLIMAX DSという元祖ネットワークオーディオプレーヤーが誕生したのは“音質追求”という至極オーディオ的な理由からであり、前述のとおり“快適な音楽再生”が最初から実現されていたわけではなかったということだ。もちろん、LANやUPnPの仕組みを活用することで、未だかつてない操作性を実現しようという目論見も当然あったと思われる。が、最初期のDSはPC上のLINN GUIから操作するか、あるいはノキアのPDAをどうにかこうにかコントロール端末として使うくらいのことしか出来なかった。
 “ネットワークオーディオで快適な音楽再生を”という夢が実現するためには、もう少しばかりの時間と、“ハード以外の別の何か”が必要だったのである。
 そして奇しくも同じ2007年、もうひとつの決定的な存在が誕生した。
 
 

5.iPhone、SongBook DS、ChorusDS、iPad

 KLIMAX DSと時を同じくして、2007年に初代iPhoneが発売された。奇跡的としか言いようのないタイミングの良さである。
 iPhone、そしてiOS上で動作するコントロールアプリの登場により、ネットワークオーディオだからこそ実現できる“ネットワーク越しに再生機器からコントロールを独立させる”という方法論は夢物語から一気に現実のものとなり、凄まじい勢いで進化し始めた。Wi-FiやNASの普及もそれを後押しした。
 さらに、NAS/サーバーを使うことによって、iPhoneそのものに音源を入れておく必要はなくなり、事実上無限の容量を活用できるようになった。それでいて、コントロールアプリはライブラリのすべてを手元から閲覧し、再生することを可能にした。サーバーとコントロールアプリにより、デジタル音源のライブラリはロスレスというCDと同等の音質を保証したまま、実質的にそのすべてをPCの外に持ち出すことが可能になった。ちなみに、コントロールアプリとして今なお有名なPlugPlayerはまさにこの時期に誕生している。
 初期の時点において、最初に“快適な音楽再生”の夢を実現したのはSongBook DS(今はSongBook Liteになっている)だった。本当に夢のようだったはずだ。膨大なライブラリを巡り、聴きたい曲を、聴きたいように聴く。しかも、出てくる音は純粋にオーディオとしても極めてハイレベル。
 かつてPCとiPodにより現実のものとなった“居ながらにしてすべてを見、すべてを操ることで得られる、音楽再生における筆舌にしがたい快適さ”が、ついに純然たるオーディオの領域においても実現したのである。
 ハードから独立したコントロールアプリの存在により、“ネットワークオーディオで快適な音楽再生を”という夢は現実のものとなった。
 その後、コントロールアプリの完成度はChorusDSの登場によってさらなるレベルに引き上げられ、2010年のiPadの登場により目で見る楽しみも大幅に拡充された。コントロールアプリはもはやLINN DS一強の時代ではなくなり、androidという領域も加わって、さらなる快適性を実現するための改善は今なお続けられている。
 
 

6.『ネットワークオーディオ』とは何か

 ネットワークオーディオという言葉そのものはLINN DSとともに誕生したのかもしれない。しかし、その背後にはオーディオそのものの長い歴史が存在しているということが分かってもらえたと思う。オーディオという領域が積み重ねてきた様々な軌跡、そこで生じた数々の発想、あるいは思い描いてきた夢が、ネットワークオーディオとして結実しているのである。
 今まで辿ってきた歴史を踏まえ、端的に言うと、ネットワークオーディオは大きく二つの要素で構成されている。
 高音質の追求と、快適な音楽再生である。どちらかが欠けても駄目だ。色々な方面に向けてもう一度言う。どちらかが欠けても駄目なのだ。
 ただ、高音質の追及は別にネットワークオーディオに限った話ではなく、より包括的な、オーディオという趣味そのものの大きな構成要素である。高音質の追及はオーディオである以上あまりにも当然であり、それ自体はネットワークオーディオの本質とは言えない。この記事で、音質に関する諸々について私があえて「どうでもいい」と連呼している理由はここにある。決してどうでもいいわけではないが、本質ではないからだ。
 ネットワークオーディオにおいて、快適な音楽再生を実現するのはその名の通りネットワークを活用したコントロールの仕組みである。コントロールアプリの重要性はこの点で筆舌に尽くし難い。そしてこのことは、もはやネットワークオーディオプレーヤーというハードでさえ、ネットワークオーディオの実践には必ずしも必要ではないということを示している。ハードからコントロールは独立しているのだから。いわゆるPCオーディオ、PCとUSB DACの組み合わせでも、再生ソフトとネットワークを活用することで、ネットワークオーディオそのものの快適な音楽再生を実現可能である。

 快適な音楽再生こそネットワークオーディオの本懐であり、それはネットワークを活用したコントロールによって実現される。
 快適な音楽再生という夢を実現するためには、タグ、サーバー、プレーヤー、そしてコントロールに到るまで、多くのことを把握しなければならない。

 というわけで、結論としよう。
 

 『ネットワークオーディオ』とは何か。

 『音楽再生におけるコントロールの方法論』である。

 大切なのは「何を使うか」ではなく、「どのように聴くか」というスタイルである。
 
 

 今となってはかつてのPC排斥など見る影もなく、エントリークラスからハイエンドまで、雨後の筍の如くUSB DACの新製品が投入されるようになった。
 そしてユーザビリティに関する言及は相変わらず置き去りにされたまま、業界総出でハイレゾハイレゾと大騒ぎ。とどまるところを知らないスペック信仰。もはやオーディオですらない“高音質”が独り歩きしている。
 本当にそれでいいのか。
 歴史を忘れちゃいないか。
 音質は快適さに負けたんだぞ。

 だが、オーディオ好きとしてそう悲しむこともない。
 音質と快適さを同時に実現する方法は間違いなく存在しているからだ。
 それはオーディオという領域とは無縁の人々に、彼らが常日頃享受している快適さを何ら損なわないどころか、あるいはそれを凌駕するほどの快適さとともに、かつてない高音質を体験してもらえるという希望でもある。

 では、最後に。

 ネットワークオーディオもっと流行れ!
 
 

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