昨年経営破綻したMQAを買収してオーディオ界をざわつかせたLenbrookが次の一手を打った。
ハイレゾ音源配信サイトの老舗中の老舗であるHDtracksと組んで、MQAを使用した新たな音楽ストリーミングサービスを始めるという話である。
LenbrookがMQAを買収した時、私は「精々後始末に乗り出したのだろう」程度に考えていたが、なかにはDARKOのように、「LenbrookがMQAを使った独自のストリーミングサービスを始めるのではないか」と予想した者もいた。結果的に私の想像は外れ、当時の段階ではどう考えても突飛に思えた展開が現実のものとなった。
ちなみに、HDtracksは2017年にMQAを用いたストリーミングサービス「HDmusicStream」を始めると発表したことがある。もっとも当時は発表しただけで結局何も起きなかったのだが、そのコンセプト自体は死なずに(あるいは死んだまま)残っていたのだろう。
まったくのゼロから新しく音楽ストリーミングサービスを立ち上げるなんてのはLenbrookにしても現実的ではないだろうし、DL販売を主体とするHDtracksはストリーミングサービス全盛時代に何か新しい展望がなければジリ貧一直線という事情があるだろう。提携により、LenbrookはHDtracksが長年蓄積してきた音楽業界との関係性を、HDtracksはかつての企画を実現するうえでの技術的・資金的な後ろ盾を得られる。今回の展開は両社の思惑がうまいこと噛み合った結果といえる。
さて、新サービスがどんなものになるのか、発表された情報から整理すると、まずはMQAの開発した「AIRIA」(SCL6のリネーム)の採用が挙げられる。先日Lenbrook/MQA Labsが諸々の新技術やコンセプトを発表したが、新サービスがこれらを積極的に活用していくのは必然的な流れだ。
一方で、「利用者はPCM/FLACまたはMQAのどちらかのフォーマットを選択可能」とも明言されている。もちろんLenbrook的には全面的にMQAを推したいはずだが、44.1kHz/24bit以上のすべての音源をMQAで揃えることも、そしてそのような仕様で多くのユーザーを集めることも不可能という現実を踏まえた方針だろう。ついでにMQAからFLACに乗り換えたTIDALからすれば、MQAの本家本元が新サービスを始めるということで、自分のラインナップに一部残存しているMQAを完全に一掃するよい理由となるだろう。
【2024/06/19追記】
案の定TIDALも同じ考えだったようだ。
【追記終わり】
新サービスはLenbrookの擁するネットワークオーディオのプラットフォームであるBluOSが対応するのは当然として、
The service will be available across platforms. In addition to its own applications for mobile, the service will find its way into many of the world’s leading high-end audio ecosystems, apps, and brands, that count on service providers for their content.
とあるので、TIDALやQobuzのようにAPIを提供し、他メーカー/ブランドの製品にも対応を促していくことになる。オーディオ機器(ハード)のみならず、Roonをはじめとする各種再生ソフトへの統合も欠かせない。というより、その取り組みの徹底なくして「オーディオファン向け音楽ストリーミングサービス」の成功などあり得ない(※)。既にTIDAL/Qobuzが存在する状況で「まずはBluOS搭載製品で先行して対応して、他社製品用のAPIはそれから作ります」なんて言っていては普及など夢のまた夢に思えるが、その辺はLenbrookのお手並み拝見といったところである。
※Apple MusicもAmazon Musicも仕様だけ見れば立派なオーディオクオリティだが、残念ながらオーディオファンの方をしっかり向いているとはとても言えない
はたしてLenbrook × HDtracks × MQAの新サービスが、いつ始まるのか、価格面を含む諸々の詳細はどうなのか、TIDALとQobuzに続く第三の波となるのか、そして日本には入ってくるのか、今後も注目していきたい。