今回レビューするのはquadralの「SIGNUM20」シリーズのブックシェルフ「SIGNUM 20」。
quadralの本国のページを見るに、「SIGNUM」シリーズは上から3番目の「CLASSIC LINE」となり、quadral全体からするとエントリークラスに相当するシリーズのようだ。SIGNUM 20の価格はペア126,500円で、各社が鎬を削る「オーディオファンがエントリーから一歩踏み出す」価格帯であり、quadralにとってもブランドの存在感を示すうえで非常に重要なモデルと言えるだろう。
ちなみに最上位の「PREMIUM LINE」は「AURUM」シリーズで、こちらは以前ブックシェルフのSEDAN 9とGALAN 9のレビューを行っている。
目次
外観・仕様
SIGNUM 20のサイズは幅17×奥行き26×高さ30cm、重量は6.54kg。それなりに奥行きがある今時のブックシェルフらしいサイズ感。付属のネットはマグネット仕様で、フロントパネルに穴はない。
仕上げは黒と白の二色。どちらもフロントパネルのみグロス仕上げで、それ以外の面ははっきりとした凹凸のあるざらついた感触の仕上げとなっている。
底面はスパイク用ネジ穴等はなくまっさら。別途インシュレーターを使う場合はかえってありがたい。
リアバスレフで、スピーカー端子はシングルワイヤリング仕様。
ツイーターは「Ricom Σ」という新開発のリングラジエーターを搭載。かなり気合の入ったユニットとのことで、このRicom ΣツイーターがSIGNUMシリーズの目玉となっているようだ。
ウーファーはΦ155mmのTitanium-PP(チタンコートのポリプロピレン)コーンを搭載。こちらはquadralのスピーカーで広く使われている構成で、ひとつ上のシリーズである「CHROMIUM」シリーズでも採用されている。
聞くところによれば、quadralは製品スペックとしての周波数特性もおろそかにしていないようで、SIGNUM 20の周波数特性も42~32,000Hzと、本機のサイズからするとなかなか立派な数字になっている。そのためか能率は85dBと低め。
音質
空気録音② 「イキルチカラ」(インストゥルメンタル・アコースティックギター)
本機のレビューはリビングシステムで行っている。
※Audio Renaissanceの方針として、単体価格で30万円前後に収まる製品は、現実的な使用環境を想定してリビングシステムでのレビューを行うことにしている。
一聴して強く印象に残るのが音の繊細さ。とにかく価格を度外視して感心するレベルで音の粒が非常に細かく、音楽の細部まで実に見通しが良い。定位も精密に決まる。鋭利・硬質な質感に到るまで甘くなることなく出してくるが、とにかく音の粒が細かいおかげで聴いていてキツイという感じはしない。スピーカーとしての高い性能を感じさせつつも肩の力を抜いて音楽を聴いていられるというのはSIGNUM 20の大きな美点である。
空間は特段広さを感じないものの必要十分の広さはあり、立体感もしっかりと出る。特筆すべきは透明感の高さであり、先述した音の粒子の細かさや高域の伸びやかさもあいまって、音の消え際の描写が素晴らしい。楽器構成的にシンプルな曲ほどそれが際立ち、Jan Gunnar Hoffのピアノソロアルバム「STORIES」(352.8kHz/24bit)ではこれぞハイレゾと言わんばかりの、精妙な空気感を見事に再現した。
中域は細身ではあるものの高域に負けない明瞭さがあり、パーカッションの連打にも俊敏に反応して音が曖昧にならない。ボーカルは厚みよりも清明さを身上とする。低域は魅力的な中高域に比べるといくぶん存在感に欠けるが、抜け落ちるようなことはなく、音楽の下支えの役割はしっかりと果たしている。
全体的な再生音の傾向としてゆっくり、たっぷりといった印象からは遠く、小気味良い描写で音楽を爽快に楽しむためのスピーカーと言える。細身、かつ低音によって鈍重にならない再生音ゆえに、アニソン系の音源をすっきりとほぐれた状態で聴くのにも適する。
映像用途は昨年後半からの定番となっている『モンスターハンター』のUHD BDから、ディアブロス亜種が出現してぶちかます一連のシーンでテスト。中高域の素性の良さは映画音響においても存分に威力を発揮し、ごく細かい効果音、鋭利な銃撃音、耳をつんざく竜の咆哮などなど、どれも真に迫る描写で聴かせ、ダイアローグもくっきり明瞭。ディテール描写に優れ情報量が豊かなので、ステレオ2chの再生でも映像に対して音の薄さを感じないのが良い。
ただ、それなりに音量を上げていくと、ますます輝きを放つ高域に対して低域の充実が追い付かなくなる印象なので、本格的にAV用途のメインスピーカーとしても本機を活用しようと思えばサブウーファーを併用するか、あるいは素直にトールボーイモデルを選択するのがよさそうだ。
リビングシステムのリファレンススピーカーのひとつであるParadigm Monitor SE Atom(ペア55,000円)との比較も行った。
さすがに価格帯が違うだけあって差は明らか。特に高域の伸びやかさと音の細かさ、解像感でSIGNUM 20が大きく上回り、端的に言って「高性能なスピーカーで聴いている」という実感が強い。女性ボーカルが空間に消えていく様などに、SIGNUM 20はハイエンドオーディオらしいぞくりと来る感触を味わうことができる。
それに対し、Monitor SE AtomはSIGNUM 20と比較してもなおストレスのない音の広がりや「うるさくない」という感覚/耳馴染みの良さといった点で優位を保っている。やはりSIGNUM 20は空間の広さという点はほどほどにとどめ、そのぶん精緻な表現を志向しているようだ。
SIGNUM 20と同じく10万円台のLS50 Meta(ペア176,000円)とも比較した。
LS50 Metaはボリューム感のある耳馴染みの良い中域が魅力的である一方で聴感上の周波数レンジはそれほど広くはなく、高域の伸びやかさという点ではSIGNUM 20に軍配が上がる。純然たる音の細かさや、解像感という点でもSIGNUM 20が(相対的に低音の量が少ないことも影響して)上回っていると感じる。空間の広さはどちらも欲張ったところはないが、前後左右上下の空間表現の精緻さではLS50 Metaに優位性がある。
以上の比較からも明らかなSIGNUM 20の傑出した「音の繊細さ・解像感の高さ」は、デスクトップシステム用のスピーカーとして使った際にも大きなプラスとなる。スピーカーの間隔が狭く、かつ比較的小音量でも再生音のディテールをはっきりと感じられるため、音楽と映像の両方で満足度は高い。とはいえ、奥行きがそれなりにある&リアバスレフのため、本気でデスクトップで使おうと思えば設置にはそれなりに気を使う必要がある。
まとめ
quadralのスピーカーは再生音のレンジの広さや優れた解像感でもって「スピーカーとしての性能の高さ」を素直に感じさせることにくわえて、音楽を聴いた際の陽性の楽しさに満ちている。いうなれば、初めて真っ当なオーディオシステムを組んで音楽を聴いた際の、「再生機器のオーディオ的な能力の高さが音楽を聴く喜びに直結する」、あの感覚である。こうした特徴はかつて自宅で聴いたSEDAN 9/GALAN 9もそうだったし、輸入元のネットワークジャパンの試聴室で聴いた現行トップエンドモデル「TITAN 9」もそうだった。
SIGNUM 20もまた、まさにそんなquadralのスピーカーである。特にRicom Σツイーターが再生音に大きな恩恵をもたらしていることは間違いなく、鋭敏な描写と清々しさを両立した高域、また何度も繰り返したように音の繊細さや解像感の高さは価格を度外視しても感心する。そうした特徴が活きるジャンルの音楽を好む人には特に好適だ。
SIGNUM 20のペア126,500円という価格はエントリークラスから確実に一歩踏み込んだものであり、オーディオファンの「最初のスピーカー」とはなり辛いとは思う。それでも、一桁万円台の製品とは一線を画す能力を備えていることは確かで、オーディオの面白さ、優れた再生システムで音楽を聴くことの喜びをあらためて感じさせてくれるスピーカーに仕上がっている。