2021→2022 ネットワークオーディオはもはや「オーディオの未来」ではない

 ネットワークオーディオが今に到るまでどのような経緯を辿ってきたのか、という大まかな流れに関しては以下の対談動画でユーザー視点から語っているので、こちらも是非見てほしい。





 
 
 2010年にMAJIK DS-Iを導入したことで期待から確信に到り、ネットワークオーディオに「オーディオの未来」を見出してから既に10年以上。「ネットワークオーディオはいいぞ」という確信を持って、様々な情報発信を続けてきたわけだが、いよいよ決定的な状況の変化を感じている。

 すなわち、かつて「オーディオの未来」だったネットワークオーディオは、いまや「オーディオの現在」となった、ということだ。

 
 いろんな場所で繰り返し述べているように、私が考える「ネットワークオーディオの魅力」――居ながらにしてすべてを見、すべてを操ることで得られる、音楽再生における筆舌に尽くしがたい快適さ――は、2010年にiPadとiPad版のコントロールアプリが登場した時点で、本質的な部分で完成されている

 例えば私がMAJIK DS-Iを導入した時、既にLINNのDSシリーズは後のOpenHomeに繋がる万全なプラットフォームを確立していたし、いちはやくiPadに対応した「ChorusDS HD」などは、現在のアプリと比較してもまったく見劣りしない完成度を実現していた。

 よって、「最近になってネットワークオーディオはようやく使い物になるようになった」などという言説は正確ではない

 然るべきハードとソフトの組み合わせ、そしてきちんと管理された自前のライブラリがあれば、「ハイレゾを含むロスレス音源によるCD相当以上の音質の担保と、外部端末でのコントロールがもたらす圧倒的に快適な音楽再生の両立」という、今となんら変わらないレベルの体験を、ネットワークオーディオは10年以上前から実現していたのである。
 

 一方で、ネットワークオーディオの恩恵を享受する際のハードルは決して低くなかった、ということもまた確かである。

 まず、期待される水準の体験を実現する「然るべきハードとソフトの組み合わせ」自体、当初はそもそも選択肢が少なかった。特にハード、つまるところ単体ネットワークプレーヤーは製品ジャンルとしてなかなか盛り上がらず、価格帯の問題はもとより、機能的な問題も抱えてきた。実際に「使い物にならない」製品も数多く存在したし、諸々の難点を引きずっている製品も未だに存在している。

 次いで、「音源」の問題。「きちんと管理された自前のライブラリ」と上で書いたが、結局のところ、これがネットワークオーディオ、ひいてはファイル再生を実践するうえで最大のハードルになっていた。手持ちのCDのリッピング、ハイレゾ音源のダウンロード、それらを自分なりのルールで管理してライブラリを構築するというプロセス自体、多くの(長年の経験のある)オーディオファンにとってまったく受け入れ難いものだった、という点は残念ながら認めざるを得ない。

 音源がなければプレーヤーは用を為さない。音源に対する意識なくしてファイル再生は成立しない。どれだけ面倒だ何だと言われようと、音源、そしてライブラリの構築の重要性を語り、そのためのノウハウの発信を以前から行ってきた私にとって、これはなかなかに悲しい現実である。

 こうした状況、ないし問題により、ネットワークオーディオは間違いなく「オーディオの未来」たる資質を持ちつつも、長らく(特に日本の)オーディオシーンにおいて、良く言えば「先進的」だが、悪く言えば「物好き」、下手すれば「イロモノ」という扱いを受け続けており、決して主流を占めるものではなかった。

 
 それでも、ネットワークオーディオを取り巻く環境は変わり続け、問題視されてきた諸要素も、10年前と現在ではまったく状況が異なる。

 まず、「然るべきハードとソフトの組み合わせ」は10年前とは比べ物にならないほど充実した。以前からネットワークオーディオに可能性を見出して真摯に展開を続けてきたハイエンドブランドはもちろん、SoundgeniciFi audio ZEN StreamBluesound NODEなどに代表される、安価かつ本当の意味で高機能な製品も多数存在しており、黎明期の「高級機じゃないとまともに使えない」的な状況はとっくに改善されている。Roonという強烈なソフトの登場も、Roon Readyというプラットフォームを含めてシーンに大きな、そして好ましい影響を与えている。

 また、趣味のオーディオとは少々離れたところで、もはや世界的に音楽を聴く手段の主流が完全にストリーミングになったことにより、「各種音楽ストリーミングサービスに対応するオーディオ機器」としてのネットワークプレーヤー(あるいは純粋にネットワークオーディオ機能)は一気に再評価の対象となった。近年では、単体プレーヤーや以前からネットワークオーディオに対応してきたAVアンプだけでなく、オーディオ用アンプにもネットワークオーディオ機能を積極的に搭載する流れが海外を中心に出来上がっている。ここまでくると、ネットワークオーディオが時代の寵児扱いされている感すらある。これは2010年代前半、USB DAC(ないし“狭義の”PCオーディオ)に押されまくって完全にネットワークプレーヤーが日陰者だった時代を知る者としては、なかなかに感慨深い状況である。

 もちろん、いかに音楽ストリーミングサービスが流行ったところで、音質が担保されない限り、オーディオの俎上に載ることはない。オーディオの世界には「CD」という偉大なメディアが存在しており、音源のレベルでCDと同等以上の音質が担保されて初めて、「次のメディア」として意識するに足るからだ。

 オーディオの世界ではTIDALやQobuzをはじめとする「ロスレス音楽ストリーミングサービス」が2010年代中頃に登場し、それを受けて多くのブランドがいちはやく自社のネットワークプレーヤーと機能統合を果たしたことで、ネットワークオーディオユーザーは「CD相当の音質が担保された、数千万曲に及ぶライブラリ」の恩恵を受けてきた。要はこの時点で「自分で音源/ライブラリを用意する必要性」はそれなりに減っていたと言えるのだが、いかんせんTIDALもQobuzも日本国内では正式なサービスすら始まっていないマイナーなサービスであり、ここでもやはり「先進的」「物好き」の域を出るものではなかった。

 こうした音楽ストリーミングサービス事情も、この1、2年で大きく変わった。

 2019年のAmazon Music HDの開始、2021年のApple Musicのロスレス/ハイレゾ化は、メジャーな音楽ストリーミングサービスがロスレス/ハイレゾ対応を果たした――もはや大多数の音楽ファンが意識する必要すらなく、ストリーミングにおいても音源のレベルでCDと同等以上の音質が担保されたという点で、歴史的に極めて重大な意味を持つ。SpotifyがSpotify HiFiによるロスレスストリーミングを始めるという報や、TIDALとQobuzがいずれ(ようやく?)日本でもサービスを開始するという話もある。「音楽ストリーミングサービスがロスレスで音源を配信すること」は近いうちに、それこそ2022年中にも至極当然となるだろう。

 つまり、ネットワークオーディオを実践するうえで最大のハードルになっていた「音源をどう用意するのか」という問題を、メジャーな音楽ストリーミングサービスが一気に解決しつつある。「CDがあるならそのままCDで聴けばいいじゃん。なんでいちいちリッピングなんてしなきゃいけないんだ馬鹿馬鹿しい。ネットワークオーディオなんて要らん」的なことを言っていた人が、Amazon Music HDが始まった途端に対応するネットワークプレーヤーを導入して「めっちゃ便利だし音もいいし、ネットワークオーディオ最高だな!」と手のひらを返すのが昨今の状況である。いやはや気付いてくれて嬉しい。

 ちなみに、ネットワークオーディオのシステムにとって音楽ストリーミングサービスの追加は「雲の上のどでかいサーバーが使えるようになる」だけに過ぎない。音楽ストリーミングサービスの存在はあくまでネットワークオーディオの可能性を広げるものであって、ネットワークオーディオの本質になんら影響を与えず、ストリーミングの興隆前後でネットワークオーディオ自体別物になった、などということはない。一昔前のネットワークプレーヤーが音楽ストリーミングサービスに対応せずに残念、とかいうのはまた別の話。

 ストリーミング全盛時代にあっても、「自分の音源ライブラリ」の価値は厳然として揺るぎない。少なくとも私はそう信じているが、多くの人にとってストリーミングサービスが質と量の両面でそれを完全に代替し得る時代の到来は、音楽ファンとオーディオファンの双方にとって素晴らしいことだと思う。かくいう私自身、長らくストリーミングサービスの恩恵を受けてきた一人だ。

 Amazon MusicやApple Musicは最初からオーディオの世界を志向したTIDALやQobuzと異なり、現時点で各種オーディオハード/ソフトとの連携や統合が進んでいないという問題はあるものの、これも時間が解決していくだろう。現に先日、AURALiCが自社製品とAmazon Musicの統合を達成したという例もあるし、この流れは今年さらに広がりを見せるはずだ。Bluetoothがロスレス化されるという話もまた、スマホやタブレットでストリーミングサービスを使うことを前提にしたシステムの構築を考えるうえで見逃せない。

 
 かくして、「ハイレゾを含むロスレス音源によるCD相当以上の音質の担保と、外部端末でのコントロールがもたらす圧倒的に快適な音楽再生の両立」というネットワークオーディオが実現する「オーディオの未来」は、ハード/ソフトの充実と音楽ストリーミングサービスの進化により、いよいよ誰にとっても享受できるものとなった。

 また先述したように、世界的に音楽を聴く手段の主流は完全にストリーミングになった

 CDをはじめとする物理メディアに最大限の憧憬と敬意を抱きつつも、レコードを再生する・CDを再生するという行為におおいなる尊さと価値を認めつつも、この事実は事実として受け止めなければならない。オーディオの世界だけが「一般の音楽ファンの世界」と隔絶したままでいることはできないし、ゆえにネットワークオーディオをいつまでも腫れもの扱いし続けることも不可能だ。オーディオの世界も、今度こそ腹を括る時が来たのだ。
 

 以上を踏まえ、私はこう結論する。

 
 ネットワークオーディオはもはや「オーディオの未来」ではない。

 いまやネットワークオーディオは「オーディオの現在」となった。
 
 

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