専用室を使うわけでなければ、一般的な居室/リビングルームに置くのとも違う、「机」を中心とするパーソナルな環境を想定する「デスクトップオーディオ」。
現代の机はほぼ必然的にPCデスクとしての役割を持つことから、デスクトップオーディオもまた、なんらかの形でPCとの組み合わせが想定される。
そして、PCは映像・音楽・ゲームなど、膨大なコンテンツのハブという性格がますます強まり、それに伴ってデスクトップオーディオがカバーする領域も今まで以上に広くなっている。
このように、始めるにあたってスペース的なハードルが低いことにくわえ、「最強のソース機器」ともいえるPCとの親和性の高さから、デスクトップオーディオは時代に即したオーディオのスタイルとして存在感を強めて久しい。
そんなデスクトップオーディオについて、あらためて本気で考えてみよう、というのがこの記事の趣旨である。
目次
デスクトップオーディオとはどのようなものか
そもそも専用室オーディオ(便宜的にこう呼ぶ)でもなく、リビングオーディオでもなく、なぜデスクトップオーディオをするのか。
大きく二通りの理由が考えられる。
まず、様々な事情で「オーディオのために使える場所が机しかない」というもの。現実的かつ切実な理由であり、実際のところ、デスクトップオーディオを選ぶ理由の多くはこれだと思われる。
もうひとつは、「オーディオをする場としてあえて机を選ぶ」というもの。例えば、「家の中では自由時間の多くを机/PCの前で過ごすライフスタイルなので、別の場所に新しくシステムを作るよりも、デスクトップオーディオの方が恩恵が大きい」という場合が想定できる。他には、既にメインとなるシステムがあって、それとは別に机/PC周りにもシステムを作りたいとか、自宅のDTM環境が音楽を聴く環境を兼ねるという場合もここに入ってくるだろう。
この二つに共通するのが、「机はあくまでも生活(時として仕事)の場」だということ。
すなわち、デスクトップオーディオとは単純に「机にオーディオ機器を置くこと」を意味するのではなく、「生活空間としての机を中心にしたオーディオのシステム/スタイル」と捉えることができる。
一方で、そもそも机ではない、何かしらの台に置いただけのオーディオは、たとえ外見上の雰囲気が似ていても、本質的にデスクトップオーディオとは似て非なるものといえる。
また、「机の上に無理なく置けそうなサイズ感」のオーディオ機器があったとして、それを使うことが、必ずしもそのままデスクトップオーディオの実践を意味するわけでもない。
デスクトップオーディオにおいて、生活の場としての机の存在はオーディオ機器に先立つ。作業スペースをしっかり確保するなどして、机としての機能を維持しながらシステムを構築してこそのデスクトップオーディオである。
逆に、オーディオ機器が机上のスペースを占有するなどして、「机が机としての役割を果たしていない」、あるいは「机が単に機材の置き台にしかなっていない」とすれば、それはもはやデスクトップオーディオではない別の何かであり、上でも触れたような、単なる「台置きオーディオ」となんら変わらない。
「オーディオのために使える場所が机しかない」からデスクトップオーディオをするのに、肝心の机をオーディオ機器で潰してどうする。
こんなものを「デスクトップオーディオです!」と紹介したところで、まともにPCを使えないようなスピーカーの置き方をしている時点で実感も説得力も皆無。せっかくのスピーカーも台無し。「デスクトップオーディオ? そんなもんとりあえずPCとスピーカー並べとけばいいだろ」といういい加減な姿勢が透けて見える。さらにこんな環境でレビューなどしようものなら、舐めすぎもいいところである。
デスクトップオーディオをミニコンポの亜種か何かと思っているなら大きな間違いだし、
設置スペースの制約や机のサイズに対し、相応しいシステムのサイズ感があるというのは普通に考えればわかる話だろう。
繰り返しになるが、デスクトップオーディオとは「生活空間としての机を中心にしたオーディオのシステム/スタイル」である。
デスクトップオーディオは生活を殺すオーディオではなく、生活の上に乗るオーディオである。
そしてデスクトップオーディオに求められるのは、「空間に制約があり、机を中心とする環境でも、もっといい音で楽しみたい」という切実な想いに応えることだ。大切なのは「この机で日々を過ごしたい」と実感できることであって、「こんな机で生活したくない」となってしまっては何の意味もない。
また、デスクトップオーディオというと安価かつ小規模なシステムが想定される傾向があるが、生活の場としての機能性と快適性を維持できるなら、使用するオーディオ機器の種類や量、まして金額は本質的な問題ではない。安価な製品では楽しめないなんてことはないし、高額な製品を使ってはいけないなんて理由もない。
確かに、専用室や一般的な部屋で行う「普通のオーディオ」と比べると、机の存在を前提とするデスクトップオーディオは環境面で様々な不自由があることは事実(ヘッドホンのみのシステムであれば事情は変わってくるが)。というより、デスクトップオーディオ環境では真に機器(特にスピーカー)の実力を発揮させるのは難しい、なんてことは最初から百も承知。
しかし、そうした制約を自明のものとして受け入れたうえで、創意工夫を含めてクオリティを追求することは可能である。そうした営為の中に楽しさや奥深さがある。特にスピーカーのセットアップに関しては、デスクトップオーディオといわゆるスタジオやDTM環境は多くの点で共通する。
デスクトップオーディオは多くの人にとって身近であると同時に、時代に即した立派なオーディオのスタイルである。本気で取り組む価値がある。
私とデスクトップオーディオ
色々と偉そうに考察させてもらったが、これらは決して机上の空論ではなく、机上の実践……もとい、実際に私がデスクトップオーディオに取り組んできた経験に基づくものである。
というわけで、ここからは私が上記のように考えるようになった経緯、デスクトップオーディオにどのように取り組んできたかを書いていく。
むかしむかし
この写真は2013年、私が本格的にオーディオに関する発信を始める前の様子。
見ての通り、まごうことなき生活の場である(生活の場すぎてアレなものが大量に写り込んでいるのでごっそりトリミングしている)。机もキーボードも当時から今と同じものを使っている。
この写真を撮った時点で、メインシステムはDynaudio Sapphireもプロジェクター&スクリーンも含めて完成しており(奇しくも写真のモニタにはその様子が写っている)、それとは別にこの机/PC環境に何かしらのオーディオシステムを構築しようという発想はまるでなかった。強いて言えば、さすがにモニターの内蔵スピーカーはまるで使い物にならないので、ロジクールの「Z-4」という2.1chスピーカーを使っていたくらいである。
この頃の私の中では「オーディオ&シアターがやりたきゃメインシステムでやればいい」という意識が支配的で、机/PC環境には精々USB DACを持ち込んでファイル再生関連の検証をするくらい、という時期が長らく続いた。
今になって振り返れば、今も昔も「オーディオの魅力を伝えたい」がために諸々の発信をしている身として、このような意識はおおいに問題があったと言わざるを得ない。
遅ればせながらシステムを構築
オーディオに関する様々な発信を続け、リアルの人間関係を含めて様々な場面でオーディオに関わっていくなかで、「客観的に考えてあまりに肥大化&複雑化したメインシステムだけでは、“これからオーディオを始めよう”という人に対して現実感と説得力のある提案をできないのではないか?」という懸念が次第に強まっていった。それと同時に、「“これならできそう”と思える現実的な機器構成・規模感・トータル金額を追求したシステム」の必要性を痛感するようになった。
そして遅きに失した感はあるものの、2018年3月、私はデスクトップオーディオの世界に足を踏み入れた。もちろん、他ならぬ自分自身の楽しみのためにも。
最初のシステムは、Game Sounds Funの「ホームシアターでゲームをしよう!」というコンセプトに基づき、机/PC環境にAVアンプ(ゲーム機も繋げる)とサラウンドスピーカーを組み合わせたものだった。
この「ゲームシアター」を2013年時点から変わらない、まったくの生活の場である机/PC環境に構築したのは、まさに「専用室や広い空間がなくてもマルチチャンネル・サラウンド環境は作れる」と示すためでもあった。
PC&USB DAC(ちょうどサラウンドスピーカーの影になっていて見えない)はそのまま使い、薄型AVアンプ(Marantz NR1608)と小型スピーカー(Monitor Audio MASS)を組み合わせる。ゲームや映像をサラウンドで楽しめるし、音楽も2chステレオで聴ける。机の配置はそのままで、つまり、あくまでも既存の生活環境をほとんど崩さずに組んだわりには、我ながらよく出来たと思った。肝心のクオリティもじゅうぶん満足がいった。
ちなみにこの段階で既に、「デスクトップに構築するシステムだろうと、必ずしもオーディオ機器を机の上に置く必要はない」という発想に到っている。というか、AVアンプを生活の場である机の上に置くなんて普通に考えればあり得ない。
ただ、この時のシステムは「専用室や広い空間がなくても、机をそのまま使って構築できるゲームシアター」であると同時に、「“これならできそう”と思える現実的な機器構成・規模感・トータル金額を追求したシステム」としての役割も持たせていた。デスクトップシステムでありつつ、エントリークラス向けシステム全般も担わせようなんて、今思えば色々欲張りすぎである。「サラウンドというからにはセンタースピーカーも置いた方がわかりやすいだろう」なんて余計な気を使って、机として使ううえでは明らかに邪魔になるセンタースピーカーを無理して置いているあたりからも、当時の試行錯誤の様子が見て取れる。あと配線が汚い。
兎にも角にも私としては初めての取り組みであり、洗練とは程遠いセットアップだった。それでも、実際にこのシステムを経たおかげで、「デスクトップオーディオは2chステレオだけでなく、マルチチャンネル・サラウンドをも包摂する」という確かな実感を得られたことは巨大な収穫と言える。手探りの実践は決して無駄ではなかった。
机の配置換えと、重要な気付き
最初のシステムを構築してから1年半、色々と思うところがあった。
最も大きな問題は、「机と壁が(ほぼ)ベタ付けだと、スピーカーの設置に著しく大きな制約が生じる」ということ。
たとえ机が壁とベタ付けだろうと、結線のしやすさという意味でも、スピーカーの実力を発揮させるという意味でも、スピーカーまで壁にベタ付けすることはできない。せめてスムーズな結線が行える程度には壁と距離を離す必要がある。でもって、それなりのサイズのブックシェルフスピーカー、具体的には奥行きが25センチ以上あるようなものだと、いよいよ本格的に机上のスペースを侵食し始める。160×80センチとそこそこ大きな私の机であっても、明らかに「邪魔」と思えるほどに。
机と壁がベタ付けなことで生じる諸々の問題自体は最初にシステムを作る時点で想定できていたが、ここまで大問題だとは、実際にやったからこそ気付いたことだった。
こうして、「生活の場としての機能を維持したまま」問題の抜本的解決を図るべく、部屋の形を踏まえた机の配置換えを行った。どこまでもサラウンドをあきらめないのが私のこだわりである。
この時に得た重要な気付きは、「机の奥にじゅうぶんなスペースを確保できるなら、必ずしもスピーカーを机の上に置く必要はない」ということ。実際にこのような配置が可能なケースは限られるだろうが、デスクトップオーディオの自由度を大きく広げる発想といえる。
デスクトップオーディオに専念可能に
2021年3月、このサイトの発足に合わせ、一念発起してリビングシステムを別途構築した。
エントリークラスを想定した「“これならできそう”と思える現実的な機器構成・規模感・トータル金額を追求したシステム」の役割をリビングシステムに集約させたことで、ようやくデスクトップシステムがデスクトップオーディオに専念できるようになった。
ある意味でデスクトップオーディオが自由になったこの段階で、「デスクトップオーディオは決して専用室オーディオやリビングオーディオに劣るものではなく、それ自体で立派なオーディオのスタイルである。なればこそ、本気でやるなら、やり過ぎはない」と本心から考えるに到った。
そうした流れのなかで、導入以来長らく真に活躍できる場を探していたParadigm Persona Bをデスクトップシステムのリファレンスに迎え入れた。一昔前の私だったらまずあり得ない選択だ。
さらに引っ越し、現在に至る
2022年4月、諸事情でリビングシステムと同じ部屋にデスクトップシステムを引っ越す。
この後、デスクトップオーディオでは現実的にスピーカーを机に置く場合が多いだろうと判断して、スピーカー設置の基本形をスタンドから机置きに変更。また、言うまでもなく「生活の場としての機能を維持したまま」さらなるシステムの洗練を目指して、ラックをサイドテーブルと融合させる形で刷新。今に到る。
こうして、Persona Bを筆頭にサラウンドを含めてデスクトップオーディオの可能性をとことん追求するセットアップも、
アクティブスピーカーとUSB DACの組み合わせで10万円で作れるセットアップも、
確かな実感をもって両方提案できるシステムが仕上がった。
私自身、この机で日々を過ごすのは大きな喜びである。
本気でデスクトップオーディオする
以上が、私のデスクトップオーディオの変遷である。様々な実践を経て、ここにきてようやく、デスクトップオーディオというものについて胸を張って語れるようになったと思える。
繰り返しになるが、デスクトップオーディオは専用室オーディオともリビングオーディオとも違う、時代に即した立派なオーディオのスタイルである。始めるにあたってスペース的なハードルが低く、PCをそのまま活かせる、多くの人にとって魅力のあるオーディオのスタイルである。
これからも本気でデスクトップオーディオに取り組み、「空間に制約があり、机を中心とする環境でも、もっといい音で楽しみたい」という想いに応える、有意な発信と提案をしていきたい。