今までAudio Renaissanceではレビューや動画の中で様々な「空気録音」を行ってきたが、この記事では読者の方々の判断基準にしてもらうべく、(少々今さらながら)「どのように空気録音を行っているのか」について紹介する。
そもそも「空気録音とは何か」という明確な学術的定義すら存在しないなかで、あくまでも逆木 一 / Audio Renaissanceとしての考え方ということでご理解いただきたい。
目次
空気録音に対する考え方、何のために行うのか
私は空気録音を「スピーカーから実際に再生されている音を録音すること」という風に定義している。また、そうして実際に録音された音源も空気録音と呼んでいる。
まず、私自身は空気録音に対する過剰な期待のようなものは最初から持っておらず、「空気録音で機器やシステムの絶対値を伝えることは非常に難しい」と認識している。
実際に自分で色々と空気録音をやってみた結果、「こんなもんで自分のシステムを判断されたくない……」と思ったし、事情を把握している自分の環境でさえそうなるのだから、そもそもどのように録られているのかも定かではない空気録音で、他人の機器やシステムを判断することなど不可能だと思っている。
一方で、「音の違いを伝える方法」として考えると空気録音は有用であり、私はこの点に大きな価値を見出している。言葉だけでなく、実際の音でもって「違い」を伝えられるのだから、「本当のところは実際に聴かないとわからない」という姿勢は大前提として堅持しつつ、空気録音の使い方次第では様々なレビューに新たな奥行きを加えることもできる。
そのため、空気録音を行う際は絶対値をそのまま伝えようとするよりも、「比較を通じて機器やシステムの音を伝える」ことが重要だと考えるようになった。空気録音それ自体で凄いと思わせるような必要はなく(※)、あくまでも違いがわかるだけのクオリティがあればそれでいい。
※必ずしもいい加減な録音をを肯定するものではないが、かといって空気録音だけで絶対値を判断するのは避けるという考え方。単に凄い音を聴きたいなら、素直に空気録音に使われている音源を直接聴くのをおすすめする。
録音機材(2022年12月~)
■マイク:AKG C451B(ステレオペア)
■オーディオインターフェース:RME Babyface Pro FS
あとはこれら二つにファンレスノートPCを加え、そのセットで私は空気録音を行っている。当初は通常の(ファンのある)ノートPCを録音に使っていたが、どうしてもファンの音が許容できず、録音のためだけにファンレスのノートPCを用意することになった。
ちなみにオーディオIFについては据え置きの機器を使うということも考えたが、私の場合は自宅以外の場所で空気録音を行う機会(AROnとか)もあるので、機動性も大切にした。
とりあえず、C451BとBabyface Pro FSは過剰に仰々しくならず、それでいてしっかりした録音品質を担保できる組み合わせだと素人なりに考えている。
機材の変遷
空気録音を始めるにあたり、私は「やるならちゃんとやろう」と思い、素人なりに録音について学び、実践してきた。とりあえず「手持ちのスマホで録音する」という発想は最初からなかった。
最初に導入したのはタスカムのレコーダー「DR-07MKII」。
その後あっという間に「上位機種なら録音品質はどうなるのか」という興味が生じ、同じくタスカムの「DR-100MKIII」を導入した。ちなみに記念すべき第1回AROnの空気録音もDR-100MKIIIで行った。
2台続けてマイク一体型のレコーダーを使ってきたことで「単体マイクを使えば録音品質はどうなるのか」という興味が生じ、AKG C451Bを導入。
マイクセッティングで試行錯誤を重ねつつ、第3回AROnからは単体のコンデンサーマイクによる空気録音を行うようになった。どのタイミングで空気録音の品質が最も向上したかと言えば、間違いなくこのタイミングだ。
C451Bを導入した段階ではDR-100MKIIIに繋いでいたが、「単体オーディオインターフェースを使えば録音品質はどうなるのか」という興味が生じ、Apogee Duet 3を導入。
なるほど確かに録音の質は上がるね……となったが、どうも使い勝手の面でしっくり来ず、同じタイプの製品であるBabyface Pro FSに入れ替えた。そして現在に到る。
マイクのセッティング・録音方法
私が空気録音で理想として目指しているのは、「リスニングポイントで実際に聴いている音そのままを収録する」というもの。よって必然的に、マイクの三次元的な位置はリスニングポイントの頭/耳の位置を基準としている。(逆に、マイクをスピーカーの至近距離に置くセッティングは、純粋な測定目的ならばともかく、人に聴かせる空気録音でそれをやる意味はよくわからない)
ステレオ録音のセッティングについて、当初はC451Bが単一指向性ということを踏まえて、基本に従いORTF方式かNOS方式のどちらかでいこうと考えた。実際にはセッティングのやり易さもあり、NOS方式を選ぶようになった。
しかし、様々な環境や音源で録音を重ねるにつれて、ORTF方式でもNOS方式でも、過剰に間接音……つまるところ部屋の影響が目立つ、端的に言って「ぼやけている」という印象を持つようになった。これは私の素人全開な想像だが、一般的な部屋という狭い空間で大真面目にORTF方式やNOS方式に従うと、単一指向性のマイクがスピーカーを直接向かないことの影響が悪い意味で際立ってしまうのだろう。空間情報がしっかり録れていること自体はむしろ狙い通りなので、要はバランスの問題である。
そんなわけで色々と試した結果、「設置位置からC451Bを直接スピーカーに向ける」(C451Bの筐体とスピーカーが同一直線上にある)という単純なセッティングで録った音が結局一番しっくりきたので、今ではそうしている。
また、可能な限り毎回マイクの設置位置を厳密に合わせられるように配慮している。でなければ比較にならない。
実際の録音はおおむね96kHz/24bitで行っている。また、録音する際も動画としてアップする際も、イコライザーの類は一切使用していない。繰り返しになるが、私は空気録音それ自体で凄いと思わせることに意味を見出していない。
諸事情で録音時の絶対音量が小さいといった場合は、ノーマライズのみ行っている。
使用する音源
空気録音に適した音源は云々、などと言う前に。
自分で録音して自分で聴くだけならばともかく、それを対外的に公開するとなれば、大前提として、空気録音に使用する音源は権利関係がクリアされている必要がある。
具体的には、音源の「著作権」と「著作隣接権(原盤権)」の両方をクリアする必要がある。
(楽曲の権利者からの許諾を得ないままの利用は、当然ながら著作権侵害となる)
また、空気録音(を含む動画)をアップするサービスが著作権管理団体と利用許諾契約を締結しているかも確認する必要がある。例としてX(旧Twitter)はJASRACと契約を結んでいないため、個人でJASRACと契約しない限り、JASRAC管理楽曲を使った空気録音を投稿することはできない。この辺りの事情については調べればいくらでも情報が出てくる。
「音楽あってのオーディオ」である。こうした権利侵害を行うことがないよう、空気録音に使用する音源については細心の注意を払いたい。
で、私はこのような状況を真正面から解決するために、「オーディオの試聴音源として使い得るクオリティを備え、なおかつ権利関係がクリアされた楽曲」を、完全新規で制作した。
そうして出来たのがKOKIA『白いノートブック』である。
『白いノートブック』はアーティスト本人(著作権者)と逆木(原盤権者)の合意により、「空気録音を収録した動画での利用」が許諾されている。おおいに空気録音で活用してほしい。
詳細はこちら:『白いノートブック』の利用について
ちなみに『白いノートブック』は発売から2か月以上経過したが、今なおe-onkyoのシングルランキング100位内に顔を出し続けている。純粋に楽曲として評価されているのか、それとも空気録音用の音源というコンセプトが受けたのかは定かではないが、いずれにしても企画者として喜ばしい限りだ。
空気録音を聴くにあたって
「リスニングポイントで実際に聴いている音そのままを収録する」を意図した空気録音は、当然ながら楽曲そのものにくわえて「楽曲が鳴っている空間の情報」も大量に含んでいる。
そんな空気録音をスピーカーを通して聴くということは、再生にあたって別の空間情報を付け加えるということでもある。結果として、空気録音をスピーカーで聴いていると「妙に響きが過剰な、輪郭の曖昧な音」という印象を抱くことがままある。経験上、特にデスクトップオーディオの空気録音をデスクトップオーディオで聴いた時にこの傾向が顕著である。
これはスピーカーを使う以上、程度の差はあれ必然的に生じる問題だが、一方でヘッドホンを使えばほとんど無視できることでもある。スピーカーで空気録音を聴いてどうにも違和感が拭えない時や厳密な比較を行いたい時は、ヘッドホンで聴くというのもひとつの手だ。
そもそも鑑賞目的で空気録音を聴いているわけではないし、要は「違いがわかればそれでいい」のである。