これからネットワークオーディオの門戸を叩こうとしている人が、
「ネットワークオーディオプレーヤーが欲しい」と思った時、最低でも30万円出さないとまともな単体プレーヤーが手に入らないとしたら。
「ネットワークオーディオに使えるサーバーが欲しい」と思った時、最低でも15万円出さないとまともな単体サーバーが手に入らないとしたら。
大多数の人は気が萎えるのではなかろうか。
未知の領域への挑戦に対し、いきなり数十万円の投資をさも当然のように求めるのはいくらなんでもあんまりだ。仮に身を置く場所がオーディオ業界であったとしても。
その段階で「おれはPCにサーバーソフト入れて運用するからいいや」なんて言い切れる人がいったいどれだけいることやら。
さて、RockDisk for Audioを語るためには、まず歴史の追想が必要だ。
5、6年前を思い出す。
私はNASとは何か、サーバーとは何かもまるでわからないまま、ネットワークオーディオを始めた。というより、ネットワークオーディオの文脈ではじめてNASというものの存在を知った。
再生機器とリモコンならばまだしも、サーバーという存在は従来のオーディオシステムしか知らない私にとって完全に異質な存在であり、それがいったい何なのか自分の中で咀嚼し、把握するにはしばらく時間を要した。言い換えれば、それを理解せずともネットワークオーディオを始めることはできたのだ。
QNAP TS-119があったおかげで。
サーバーソフトの存在すら知らなかった当時の私は、QNAP TS-119と、その内側で密やかに(今ほど存在をアピールしていなかった)動いていたTwonky Serverのおかげで、無事システムにサーバーを導入することができた。
無線LANルーターにTS-119を繋いだら、iPadのChorusDS HDから中身が見えて、あっという間にMAJIK DS-Iで音を出せたことを覚えている。
その時私は、恐ろしいことに、「なんだ、ネットワークオーディオなんて大したことないな」とさえ思ってしまった。それからあまり間を置かずして、私はその「なんてことなさ」と「メリット」を他の誰かに、理路整然と伝えることの凄まじい困難さに打ちのめされることになるのだが、それはまた別の話。
QNAP TS-119はいわゆるNASキットというやつで、本来はユーザー自身がHDDを組み込んで使うものだ。
しかし、幸いにして私はショップのおかげで「すべてを組み込んだ状態」のTS-119を手に入れることができ、その辺の煩わしさを味わわずに済んだ。餅は餅屋、プロの技術に感謝するほかない。
当時は何とも思っていなかったが、今になって思えば、QNAP TS-119は「せっかく単体サーバーを買うならこんな製品」の条件をすべて備えていた。
ファンレスであること、動作が安定していること、使いやすいサーバーソフトが入っていること。ついでにアルミ筐体でオーディオ的な雰囲気もそこそこ。
1TBのHDD込みで5万弱という価格も、オーディオとして考えればどうにか納得できないこともなかった。
実際TS-119の安定性や機能性は大したもので、SSDへの換装や電源の強化を経て、今なお一度も壊れることなく運用できている。さらにAsset UPnPもMinimServerもKazoo ServerもBubbleUPnP Serverも動く。今度はJRiver Media Centerまで動くかもしれない(あくまでQNAP版が出るということで、TS-119は除外される可能性もあるが)。
ネットワークオーディオの黎明期から、TS-119はずっと私の傍らにあり、何度か登場した細々とした新顔への興味を根こそぎ吹っ飛ばして余りあるほど、盤石の存在感を保ち続けた。
しかし、そんなTS-119も、製品としては完了してしまった。
「今ネットワークオーディオを始めようと思い、今単体サーバーを欲しいと思う」という人に対し、「コレ!」とすすめられるものがなくなってしまった。
NASの多くはファンが付いている時点で話にならないし、情報がなく中身のサーバーソフトが何なのかわからないような代物を誰かにすすめられるほど私は無責任ではない。
その後、TS-119の終焉からさほど間を置かずして、同じくQNAPからHS-210という製品が登場した。
ファンレス。オーディオっぽい筐体。QNAPなので機能的にはお墨付き。お値段は多少上がったがそれほど高騰せず。
が、ネットワークオーディオという観点からすれば、HS-210は事実上TS-119の姿形が変わったものでしかなかった。下回ることもなければ上回ることもない。
TS-119が高いと思った人には相変わらずHS-210は高いままだし、NASキットであることの困難さもそのままだ。
少なくとも私には、HS-210では本当の意味でTS-119の後釜、すなわち今ネットワークオーディオを始めようと思い、今単体サーバーを欲しいと思う人が安心して使えるはじめてのサーバーにはなれないように見えた。
TS-119やHS-210は高い自由度と多機能を持つがゆえの複雑性があるし、そもそもオーディオ用に作られてはいない。単に「ファンレス」・「動作が安定している」・「見た目がそれっぽい」という理由で我々がもてはやし、オーディオ用に使っているだけだ。
求められたのはTS-119以上に「簡単であること」と、「最初からオーディオ用に作られていること」だった。
そして、RockDisk for Audioが現れた。
導入編
運用編
RockDisk for Audioで高解像度のアルバムアートを配信する方法
まず、RockDisk for Audioは安い。
多くの人にとってじゅうぶんな容量と思われる1TBモデルで、現状2万円を切る。
それでいて、ファンレス、安定した動作、使いやすいサーバーソフトの三点を兼ね備えているのだから大したものだ。
しかも完成品である。
自由度とは無縁だが、オーディオとは無関係な機能がないぶん、ユーザーは余計なことを気にせずに済む。
音源の管理とライブラリの構築をしっかりやれば、あとはTwonky Serverに任せるだけでいい。
トンキー病だってどうにでもなる。
さらに音だって決して悪くない。
見た目、そして筐体の作りに関してはとてもオーディオ的と言えたものではないが、こればっかりは値段相応と割り切るしかあるまい。
以前、「サーバーが本当の意味でオーディオ機器になる日」という記事を書いた。
RockDisk for Audioは「良いサーバー」だが、さすがに「オーディオ機器」と呼び得るだけの素質はない。
しかし、製品名に違うことなく「オーディオ用サーバー」と呼ぶに値する。
よろこばしきかな、「サーバー」という名のハードルが一段下がる。
こんなことを言っても仕方がないにしても、「5、6年前にRockDisk for Audioがあったらどんなに良かったか」と思わずにはいられない。
その一方で、よくよく考えてみれば、ネットワークオーディオを取り巻く環境は5、6年前からさして変わっていないということにも気づく。
はじまりという価値に翳りはない。